連載 34: 『じねん 傘寿の祭り』  四、 じゆうポン酢 (1)

四、じゆうポン酢 ①

 フレンチ・トーストに満足したユウくんを送り出し、黒いサマー・ブレザーを着てネクタイを締め、オバサンの「食堂」で美味いコーヒーを飲んで気合を入れた。                                                                                                                                                                          黒川と国際通りのビルへ向かった。離れた途中のファミレスに黒川を降ろし待機してもらうことにした。                                                                                                                                                                        「裕一郎くん、手付け金は必ず取り戻すんだぞ。いいか、怯むんじゃない。」                                                                                                                                                  主客転倒とはこのことだ。「怯むんじゃない」ってか? 何を言っているのだ、このジジイは! 昨日の比嘉の助言に力を得てか、取り戻したい・取り戻せる・取り戻せないなら役者が悪い・・・、と変則三段論法を駆使しての司令官殿に変身だ。「やってみましょう。頑張ってきます」とは言ったものの、沖縄びとを騙すようで後ろめたい気分は拭えなかった。                                                                                                                   「黒川さん、携帯ONにしておいて下さいよ」                                                                                                                                「どうしてだ? ぼくを呼び出すんじゃないぞ! ぼくは昨日から緊急入院なんだから」                                                                                                                                                     「携帯電話はいつもONでしょうが・・・。確認してるんです」                                                                                                                              「ONにしてるよ。ぼくは、どうして確認するのかと訊いているんだ」                                                                                                                                           「長くなりそうだったらお知らせしようと思って・・・」                                                                                                                                                                         「大丈夫だよ。行ってきたまえ。」                                                                                                                                            自分には経験はないが、運動会の朝、玄関口で「仕事で行けんが、頑張って来いよ」と父親に励まされ出かける子の気分になるから不思議だ。この変身を黒川マジックと命名した。この先さらに大技の変身に会わせていただげるというわけだ・・・。

事務所には、昨日の担当者とその上司が居た。                                                                                                                                                                  「昨日は大変失礼しました。申し遅れましたが、黒川の秘書のような仕事をしております北嶋と申します」と朝から緊急に作った名刺を出した。「ギャラリーじねん、大阪連絡事務所」と印刷されている。                                                                                                                     黒川が自身の容態を顧みず、永年の夢だからと独断専行し、周りの者が止める間もなくて・・・。下見だと思って昨日来てみると、すでに契約しており手付金の支払い。驚きました。実は、黒川はあの後即ニトロを服用し自宅に戻り、掛かり付け医に来てもらい安静にしております。今日一日様子を見て、場合により入院です。永く狭心症で、いつ起きるか分からない発作にニトロは手放せません。                                                                                                                                                                                                      狭心症・ニトロ、これは、事実だ。常時携帯している。                                                                                                                                                                                             「で、ギャラリー店舗は無理だ諦めるようにと、皆が言ってたのですが・・・。」                                                                                                                                                                             「そうでしたか、いや昨日担当者からドクター・ストップのようだと聞きましたし、どうなるかなと思っていました。そうですね・・・、ちょっとお待ち下さい。」                                                                                                                                                    「いえ、手付金は諦めてでも中止するしかないかなと思っていますし」                                                                                                                                      「ちょっと待ってて。」                                                                                                                                                                                                                                             上司は奥の部屋に消えた。しばらくして上司は恰幅のいい男を連れて出て来た。男は昨日比嘉から聞いた大城だと分かったが、名刺を交換すると専務ではなく社長だった。年齢から言えば当然だろう。比嘉の中では今も専務なのだろう。古い友とはそうしたものだ。                                                                                                                                                                           お困りでしょう。契約は白紙ですな。ただ、契約前ならいいのですが、すでに契約捺印されていて、仮に手付金と呼ぶ金銭の性格も契約書に「保証金の一部に充当する」「貸主からの解除は倍返し、借主からの解除は放棄」と書かれています。そこはお分かりですよね。                                                                                                                          「もちろん・・・分かります。」                                                                                                                                                                        黒川とその家族にとって、一〇万円がいかに大金かを言って泣きつくしかないか・・・。                                                                                                                                            「大阪連絡事務所とありますが、これは・・・?」                                                                                                                                                                                              「いえ、黒川氏は大阪でギャラリーされていたんです。去年秋沖縄に移られて、これまで自宅でなさってたんですが、念願の常設ギャラーをと探しておられたんです。大阪に色々残務がございまして、私はその処理をしております。」                                                                                                                                                               「で、那覇には?」                                                                                                                                                     「常設ギャラリー開設のサポート役で・・・。黒川は、身体のことがあっていささか焦って、体調のいい時期に一気にと思ったようです。黒川も残念でしょうが、ここはしばらく様子を見るしかありません。」                                                                                                                                                                                       同情を買うのではなく、手付金を返してもらいたいと言うわけでなく、もちろん黒川が契約内容をよく把握せず契約したことには触れず、精一杯、ひたすら健康問題と残念だとの思いを語った。                                                                                                                                                                                                            比嘉の高校期の同窓生だということなのでジャブを入れた。                                                                                                                                                   「黒川氏は、大阪のギャラリーでは比嘉真さんの作品を扱ってたんですよ。扱ってたと言うか、比嘉さんにとって大阪では長くギャラリーじねんが唯一の世の中への発信場所でした。」                                                                                                        大城の目の色が変わった。 

 

交遊通信録: 今年も 得がたい人が逝ってしまった

5月、佐藤慶さんが亡くなり、これで大島渚映画常連の個性派四男優全員が逝きました。                                                                                                                                                                        93年戸浦六宏、03年小松方正、04年渡辺文雄、そして今年佐藤慶。                                                                いまどきの役者を見ていると、「あんたは何をしたくて役者やってるの?」と問いたくなりますが、                                                                                                                                                                映画が『踊る』( http://www.yasumaroh.com/?p=8388 )亜流を垂れ流している以上、役者を責めても始まりません。                                                                                                 作品に「志」がないのは、映画に限ったことではありませんから・・・。

1月: 浅川マキ、 小林繁、 ジーン・シモンズ(『エルマー・ガントリー』のシャロン役は貴女だから嫌味なく治まった)、 サリンジャー                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         2月: 立松和平(『光の雨』。賛否はありましたが・・・)、 藤田まこと                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          3月: 植木等(モーレツとは違う勤労者文化を公然と唱えた?それはエリート内スーダラなのだが・・・)                                                                                                                                                                                                                                                                                                4月: 井上ひさし(ご遺作『一週間』読ませていただきました)、 北林谷栄、 ばばこういち                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           5月: 佐藤慶(『人間の条件』新城役以来、一貫していましたね)、 デニス・ホッパー                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  7月: つかこうへい(貴方に育てられたという役者がいっぱいです。みんなスゴイ)、 森毅                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            8月: 三浦哲郎                                                                                                                                                                                                                                                                                                          9月: アーサー・ペン(『俺たちに明日はない』)、 小林桂樹(NHK版『赤ひげ』は秀逸)、 谷啓                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             10月: 池部良(『早春』と『死んで貰います』 http://www.yasumaroh.com/?p=3842 )                                                                       11月: 星野哲郎、 脇田憲一                                                                                                                                                                         (脇田さん。6月術後退院され、宇和島コムミューン評伝を仕上げようとしておられた。http://www.yasumaroh.com/?p=6821  http://homepage3.nifty.com/luna-sy/re37.html#37-2                                                                                                     「民の叛乱」、それへの庄屋層・知識人の立ち位置、党ならざる者ども・・・                                                                                                            その自立と共同による「大規模叛乱と自治」、への果てなき想い。さぞご無念なことだと思います。 合掌!)  

【追記】                                                                                                                                  12月28日:高峰秀子(戦中の『馬』は65年ごろ観た。『二十四の瞳』を公開当時母に連れられ観た記憶がある)

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

たそがれ映画談義: 主演二人の映画は面白い

                                                                                                                                                                                                                                                                   

                                                                             

                                                                                                           

                                                                                                                                                                                                 

                                                                                                                

                                                                       

                                                                                                          何故主演二人は面白いのか?                                                                                                     ライターも監督も、一人には託し切れない己が二面性の分身として、二人を描いているのだ。そこが面白い。                                                                                                                                                                                                                     男二人の場合、間に女がいたりいなかったり・・・。  女ふたりはもっと面白い。                                                                                                            作品解説はしませんが、添付画像作品を全部見た人は、相当な映画通。どれもよかったね!                                                                                                          上、左から:                                                                                                                                                        『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』                                                                                                                                                                       『ジュリア』                                                                                                                                                                『チング』                                                                                                                                                   『冒険者たち』                                                                                                                                                                                                                                                                                                           『テルマ&ルイーズ』                                                                                                                                        『真夜中のカウボーイ』                                                                                                                                                                                                                      (余談: ジョン・ヴォイトさん、お嬢さん=アンジェリーナ・ジョリーさんは、最近ますます貴方に似てきましたね!)                                                                                        『17歳のカルテ』(これは99年、アンジー25歳の作品)                                                                                    『帰らざる日々』                                                                                                                 『さらば映画の友よ』                                                                                                                                   『荒野の決闘』                                                                                                                                                                                                

                                                                                            

                                                                                                                                    

                                                              

                                                        

                                                      

                                                        

                                           

                                               

                                                    

                                                                                                                                                                             

連載 33: 『じねん 傘寿の祭り』  三、 タルト (11)

三、タルト ⑪

裕一郎は、昔友人の一人から聞かされた話を憶えている。                                                                                             個人的なことや家庭のこと、ましてや幼児期を語ることなど決してない男だった。いつも姿勢を崩さず、弱みを見せず、周りから与えられた役割や期待に応え続けた男だ。その男があるとき泥酔の果てに語った。                                                                                                                          小学校四年の時、父母が離婚した。離婚そのものに口を挟むつもりはないし、幼かった自分には正直両者の理由を明確には理解出来ていない。ただ、どうしても自分の中で未解決なことがあるのだ。調停というのは残酷なもので、四年生に問うのだ、「お母さんとお父さん、どちらについて行いて行きますか?」と。もちろん、母と離れたくはなかった。だが、父を拒否したのではない。                                                                                                     調停員に母親とやって行くと答えた時の「父を棄てた」という感覚が、ことある度に込み上げて来る。                                                                          控室を出て、家裁の前庭で煙草を銜えて空を見ていた父の姿が、調停室の窓から見えていた。こちらを見たいのを堪えているのが判った。                                                                                                                 控室に戻るとき、調停室に向かう父とすれ違っても目を合わすことが出来なかった。帰り際、父は母に手を引かれる自分に「お母さんを頼むぞ!」とことさらな大きな声を掛けて、家裁の玄関を背にスックと立っていた。振り返って「うん」と答え手を振ったのだ。次の言葉など出はしなかった。姉が二人いるが、男の子は一人。父を棄てた意識は消えたことがない。良き親であった父を棄てることなど四年生に出来るはずもない。それは、生きた時間が育んだ世界と持っている能力を超えている。大人になったら父と話そうと考えていたが、大学入学の年に父の死を知った。家裁玄関前に立つ父が、父の最後の記憶だ。古い友のそんな話を思い出していた。

温泉宿に泊まる余裕も無く、「坊ちゃんの湯」があれば充分だとチェックインした近くのビジネス・ホテル。ふらりと出て、もちろん商店街の外れ横丁のれん街で一杯やった。遅くに狭い部屋へ戻った。                                                                                                                    

                                                                                   

部屋で、一口大のタルトを袋から出して食べた。タルトは四度目だ。一度目は去年の初め、現場で亜希に貰って。二度目はその翌日高志の家で玲子に出されて、三度目はさっき美枝子に逢う直前。そして今四度目だ。                                                                                                                                                                 秋に黒川一家が沖縄へ発ち、次いで、亜希が高志の会社を去った。美枝子が沖縄を離れ、年が明けて黒川が沖縄へ来いよと誘い始めた。高志の口利きで得た仕事:ノザキを三月末に辞め、今四月、自分は沖縄に向かっている。裕一郎は、温泉街に向かう道沿いの並木のように群れてではなく、部屋の窓から見える疎水の石垣に群れから離れ独り立つ、散り始めた一本夜桜を見て思った。                                                                                                                      人は、去り、移り、離れ、別れるのだ。咲きもすれば散りもする。人の出会いと別れに口出しするつもりは無い。けれど、黒川夫妻を知る者の多くから、美枝子を非難する声を聞いてもいた。さっき美枝子から話を聞いても、それらの人々に対して美枝子を擁護する強い気持ちになることも、人々と同じ意見に立って美枝子を糾すことも、裕一郎には出来ないのだ。擁護でも非難でもない感情、どこかは同類であるだろう者への奇妙な感情だった。美枝子に向かうのでも他人へ向かうのでもない、内側へ自身へ向かうしかない、「ため息」に似た感情とでも言えば近いか・・・。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              私立探偵でもあるまいが、黒川の歴史は知っておきたい。明日朝、黒川の元妻子が営むという博多の店を覗こう。福岡からの午後の便を確保している。夕刻には那覇だ。黒川とユウくんとの再会だ。久し振りに比嘉にも会える。枕もとのラジオから、黒川送別会の帰りに亜希と行った居酒屋チェーン店に流れていた曲が聞こえてくる。同世代女性歌手の息子の歌だ。さくら舞い散る旅発ちを唄っている。あの時は聞き流したが、さっき窓の外にさくらを見たからか、誰彼の旅を思ってか「いい歌だ」と思えた。                                                                              亜希は沖縄に居るのだろうか?                                                       

                                                                                                                           (三章、タルト 終)  (次回より 「四章、じゆうポン酢」)                                                                                                                       

                                                                      

歌「100語検索」 ⑯ <愛>-2

愛 

バーゲン-2(前回多すぎて、ページが爆発! 分割しました)

                                                                                                       『春夏秋冬』 http://www.youtube.com/watch?v=ckhTGPx8QHE 泉谷しげる                                                                                                 『安奈』 http://www.youtube.com/watch?v=iA1Txxq7RjM 甲斐バンド                                                                                      『あんたのバラード』 http://www.youtube.com/watch?v=PiOcaPEyzWw 世良公則&ツイスト                                                                                                                        『愛燦燦』 http://www.youtube.com/watch?v=20IutvIryNo 小椋佳                                                                                                            『愛しき日々よ』 http://www.youtube.com/watch?v=JbJ-M7AGN-Y 小椋佳                                                                                                   『Yah Yah Yah』 http://www.youtube.com/watch?v=AtLEgAUNfao Chage & Aska                                                                                                                        『愛は勝つ』 http://www.youtube.com/watch?v=kZdFC5s-eLY KAN                                                                                                                 『泣かせて』 http://www.youtube.com/watch?v=RgfL-NhnmSk 小椋佳                                                                                                                      『Love Love Love』 http://www.youtube.com/watch?v=Xk51AYSNKUc DREAMS COME TRUE                                                                                                                                                                         『PRIDE』 http://www.youtube.com/watch?v=8T9XgnpPY7o 今井美樹                                                                                                   『SAY YES』 http://www.youtube.com/watch?v=LwT5hxUc3wA Chage & Aska                                                                                                                             『サボテンの花』 http://www.youtube.com/watch?v=WdgdIvyK0-8 財津和夫                                                                                                              『ひだまりの詩』 http://www.youtube.com/watch?v=DwGGZ5nfjzI Le Couple

歌「100語検索」 ⑮ <愛>

愛という語は、恋より恥かしいかも・・・。                                                                                                                              それに、恋なら茶化せても愛と言われれば茶化すこともできなじゃあないか、君。                                                                                                                                                                                           とにかく、愛の大バーゲンの開催です(多すぎる。三分の一にしても、これだぁ)。                                                                                                                           好きにしてくれ!ここまで来たら、次回は恋だね。                                                                                                 個人的にはロザンナさんの異国での歌手生活、三人の子、                                                                                                                       ヒデの早逝(90年、47歳)、を超えて堂々と人生を貫いた立姿が好きですね。                                                                                                                   ロザンナさんの笑顔とあの声・・・。  ヒデさん、合掌。                                                                            http://www.creamcompany.com/RSLFlame.html http://plaza.rakuten.co.jp/tmatsumoto/diary/201008040000/ 

『誰よりも君を愛す』 http://www.youtube.com/watch?v=x015yyy9494 松尾和子                                                                                『再会』 http://www.youtube.com/watch?v=mgWpTSLaXKo&feature=related 松尾和子                                                                                                              『霧の摩周湖』 http://www.youtube.com/watch?v=wfqJQWYESts 布施明                                                               『逢わずに愛して』 http://www.youtube.com/watch?v=vR322c2PalI&feature=related 前川きよし&クール・ファイブ                                                                                                   『あの素晴らしい愛をもう一度』 http://www.youtube.com/watch?v=gY4G_G2pyRo フォーク・クルセイダーズ                                                                                                                                      『愛はかげろう』 http://www.youtube.com/watch?v=kjBjHhjJZKQ 雅夢                                                                                                   『雲に乗りたい』 http://www.youtube.com/watch?v=y-8sr-ynJBs 黛ジュン                                                                              『夜明けのスキャット』 http://www.youtube.com/watch?v=BYrbWRlNWzc 由紀さおり                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            『愛は傷つきやすく』 http://www.youtube.com/watch?v=Gu8OqFn5h1U ヒデとロザンナ                                                                                                           『愛のメモリー』 http://www.youtube.com/watch?v=_mVv-FA-WUY 松崎しげる                                                                                 『愛のくらし』 http://www.youtube.com/watch?v=QWzrGfv7M1Y&feature=fvw 加藤登紀子                                                                                          『夜霧の慕情』 http://www.youtube.com/watch?v=U0jWEdM-pWE&feature=related 石原裕次郎                                                                                                       『愛の奇跡』 http://www.youtube.com/watch?v=2y7gkqOIjpE ヒデとロザンナ                                                                                 『赤色エレジー』 http://www.youtube.com/watch?v=JRQfpWJt840 あがた森魚                                                                                                                      『世界は二人のために』 http://www.youtube.com/watch?v=fOv9TBVNRrE 佐良直美                                                                                                     『わかって下さい』 http://www.youtube.com/watch?v=3OCZluBj2xQ 因幡晃                                                                                                                                                                          『愛の水中花』 http://www.youtube.com/watch?v=3nT347jlfz0 松阪慶子                                                                                                     『四季の歌』 http://www.youtube.com/watch?v=FHXBdCpIyX8 芹洋子                                                                                                                                                                                                                                                                                                                『心凍らせて』 http://www.youtube.com/watch?v=GYmiCdOgDu4 高山厳                                                                              『今はもうだれも』 http://www.youtube.com/watch?v=NH51rD8nF_g アリス                                                                                                       

連載 32: 『じねん 傘寿の祭り』  三、 タルト (10)

三、タルト ⑩

「<しののめ>のママに言っといて、長生きして下さいって。この結末を見ずして逝っちゃうんじゃないわよ、って。」                                                                                                黒川と永く暮して来たんです。今はどうすればいいか、どういう風にしかできないかは、私が一番知ってますヨ。元女房に任せて。永い闘いになるだろうなと思ってます。仕方ありません。                                                                                                         闘い? そうか、美枝子は闘っているのか。美枝子と黒川が、二人手を携えて「明日に向かって」発ったのは、七七年だった。裕一郎・高志たちの職場バリケード占拠闘争の開始も同じ七七年だった。                                                                                                                        闘いという言葉の響きを遠くに聞いている己の今を思った。美枝子が百貨店勤務の悪戦の中でも手放さず抱えていたもの、父親から「出て行ってくれ」と言われるほどの行動へと衝き動かしたものを想った。                                              

裕一郎は、座って首まで浸かるにはやや深い湯舟に中腰で立ち、結局は核心部分を何も聞き出せなかったなぁと考えながら深呼吸した。黒川にとって、何故沖縄なのか? 「さあ、好きなんでしょ」や「女の匂い」では解らない。これ以上のユウくんの件での質問は詰問となるだろう。どうして、それでもユウくんを連れ出す強引に挑まなかったのか? 黒川とユウくん二人の日常生活は成り立つのか?                                                                                                                                     冷たい水滴が、歌詞のような「天井からポタリと背中に」ではなく、頭に落ちて来る。常連の観光客か近隣の馴染み客か、数人の初老の男たちがここでの作法を示すように、腹から上を湯から出して湯舟内の隅の段に座り、ひそひそ声でもなく大声でもなく談笑している。その場の空気が大きくゆっくり呼吸を繰り返して、湯・浴室・休憩室・建物、その全てに溶け込んで行くのだと思え心地よかった。緩やかで掴み所がなくとも解き放たれていて遠慮は無い、それが湯という場の本来の姿であり役割だ。                                                                                  休憩室に戻って寛ぐと、さっき仕事へ戻る時間を気にした美枝子が、椅子から立ちそうになりながら留まって語った場面を静かに思い出せた。                                                                                                                                                                     「だから今は、黒川が何を吹聴しても、世間様からひろしを棄てた母親だと言われてもいいんです。その方がひろしが救われます。ひろしにはハハは松山の旅館を手伝わなきゃならないと言いました。私はやがていつか、必ずひろしを引き取ります。私には今、それを強行する力もないし、それをすれば、心臓に爆弾抱えている黒川は死にますよ。だから、それ、出来ませんの」                                                                                                                     「じゃ、もう時間ですから」と立ち上がって、美枝子は席に言葉を残して行った。「選び棄てる」・・・。                                                                                         「ひろしに選択させるのは忍びないと思ったのよ。選択というのはどちらかを選び取ることではなく、どちらかを選び棄てることですもん。」                                                                                                                                                

                                                                                                                                              

歌「100語検索」 ⑭ <手紙>

手紙

                                            

元々の悪筆+筆不精に加え、ちょっとした後遺症で10年以上前からぼくの書文字は,                                                                                  人様から「これでは読めませんよ」と指摘される有り様。                                                                                               (もっとも、女房曰く「もともと、ヒドイ字。今に始まったことではない」そうだが)                                                                                                                                                                                                                                                          で、たまに書く葉書以外はもっぱらメールで、ことを済ませてしまう。                                                             当然、相手様からも手紙をいただけない。これではいけません。                                                                                                                                                                                                                                                                      ここ10年では、数少ない大先輩からいただいた心に沁みる書簡が、                                                                                  文字通り「家宝」級の「お宝」となっている。やはり、手紙はいいですなぁ~。                                               

『手紙』 http://www.youtube.com/watch?v=yDKqmPXw0GY 由紀さおり                                                                                              『北国行きで』 http://www.youtube.com/watch?v=FPv-aEeQOfo&feature=related 朱里エイコ                                                                      『みずいろの手紙』 http://www.youtube.com/watch?v=anT074Q_bLI あべ静江                                                                                                                                                             『秋止符』 http://www.youtube.com/watch?v=v8biLtCr23A&feature=related 谷村新司                                                                                           『さらば恋人』 http://www.youtube.com/watch?v=qIv8rPzJ9i0 堺正章                                                                                                                                            『メランコリー』 http://www.youtube.com/watch?v=RF4RqAUruB8 梓みちよ                                                                                『恋文』 http://www.youtube.com/watch?v=OBHHmG1pgHI 由紀さおり                                                                                                       二階堂CM:「文字のかけら」篇 http://www.youtube.com/watch?v=kny5CSB3QJA&feature=related                                                                                                      『ひだまりの詩』 http://www.youtube.com/watch?v=DwGGZ5nfjzI Le Couple                                                                                                                      『手紙』 http://www.youtube.com/watch?v=Mph1oYYJz4c アンジェラ・アキ                                                                                                                                      『夜風の中から』  http://www.youtube.com/watch?v=hZXDHCVmc3Q 中島みゆき

☆添付画像はフェルメール:『窓辺で手紙を読む女』

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                  

 

連載 31: 『じねん 傘寿の祭り』  三、 タルト (9)

三、タルト ⑨

黒川の許を去ることにした直接の理由は聞かせてもらえなかったが、語り出せば終わりのない話が詰まっているのだろう。真偽は不明だが、先ほど聞いた「言動の裏に女の匂い」もあるのかもしれない。あれこれ聴いたところで、それはキッカケに過ぎない。そこへ至る長い物語の最後の弾きがねでしかないのだろう。                                                                                                                                                  だが、ユウくんを置いての沖縄脱出。それは一般的には聞き辛い。大阪の周辺者からは大ブーイングだ。その声は裕一郎にも届いていた。                                                                                                                   「ひろしと一緒に逃げたのよ。航空券も二人分買って空港に着いたら、ゲートの前に黒川が立っててね。それはそれは顔から火の出るような恥ずかしい想いをしたわ。大声を出して、衆人環視の中で叫ぶのよ。完全な暴力ですあれは」                                                                                                                          引き返すことは屈することだと思い、出来るだけ早急にひろしを迎えに来るんだと決意して、一人で飛行機に乗った。その場面に怯えたひろしは黒川に奪われた。年末に、こっそり那覇へ行ったのよ。携帯電話でひろしを説得して呼び出そうとしたけれど、今度はひろしが応じなかった。ひろしは「ぼくがチチを看なきゃ」と思っているのよ。黒川はひろしの面倒を見ているつもりでしょうけど、事実は逆です。ひろしがチチを棄てられないのよ。                                                                                                                                       「もう亡くなった両親を、昔棄てて来た私に当たってる天罰なんでしょうよ・・・、ほんとに。」                                                                                                                           人様が、善意からだろうけど、自分が理解できない事態、納得できない人間ドラマに苛立っていて、私を悪者にすることで整理が着くのならそれでいいと思っています。どう思われているかくらい、私の耳にも入ってきますよ。あなたも聞いているでしょう? いいんです、それで。                                                                                   「いえ、ぼくの耳には特に・・・」                                                                                                                                        ひろしを連れ出しても黒川は連れ戻しに来るに決まってる。また大仰なパフォーマンスするでしょう。私には分かる。ほら、あなたが黒川ともよく行っていた駅裏の呑み屋「しののめ」のママなんか、携帯に三度も電話し来て説教するのよ。警察沙汰の近所にカッコ悪い騒動になっても、黒川の身に何か起こっても、何があっても、それでも我が子を離さないのが母親でしょ、私ならそうすると。                                                                  だけどね、私だってそんなことには耐えられる。言われなくたってひろしは私が産んだ子です。                                                                                                                                                          昔と違って高齢のしかもニトロを離せない黒川です。違うのよね今度は、命にかかわります。それでも・・・と人は言うでしょう。違うんです、そんな形で大騒動になったりチチが死んだりしたら、誰が一番哀しみます? ひろしです、ひろしが哀しむんです。                                                                                                                                                                                                                いまの状態は、ひろしにとって、どちらも棄てていない状態です。だからこれでいいんです。私にとっては「連帯を求めて孤立を恐れず」ですと言った美枝子は、すぐに「ちょっと違うわね」と付け加え大げさにアハハハと笑った。

今、軍資金貯めてます。従業員寮に居るのよ、従兄弟はマンションを用意すると言ったけど、寮に入るから差額をお金でくれとまで言ったのよ。寮に居る仲居さんたちの人生模様、解かります? どこへも行けないおんなたちの終着駅よ。DV夫や我が子の暴力から逃れて来て姿を隠している人、住む処など確保できない多重債務の人、不倫逃避行の果てに男に逃げられた人、若い男に貢いでいる人、故郷の両親に幼い子を預け月々給料の大部分を送金している人・・・、様々です。自身を生きることが困難なのよ・・・。                                                                                                                                 裕一郎は、昔、二十歳のころ半年居たパチンコ屋を思い出していた。ああ、同じだったなあ~。やはり「吹き溜まり」には違いなかった。そこで、密かに詩を書いている朝鮮人マネージャーに出会い、影響を受けたのだ。有名大学を受験すると嘘をついて高額の餞別を、客観的には「せしめた」のだ。だが、当時自分は若く、時代は若者にある種の可能性への扉を閉じてはいなかった。                                                                                                                                                                                                 その可能性の総てを食い潰したのだろう身を思えば「解ります」とは返せず、黙って聴いていた。                                                                                                                                                                                                                               

 

連載 30: 『じねん 傘寿の祭り』  三、 タルト (8)

三、タルト ⑧

「それはすみません。何かいらんことしてしもうたのかな」                                                                                                                     「いえ、どうせもう太陽は離れてたもの」                                                                                                                                        「比嘉さんと太陽、何かあるんですか?」                                                                                                                 「ないでしょ、お互い目指すところが違うし。比嘉さんは彫塑と版画両方で多才だし、何となく意識してるんでしょ、同じ沖縄だし」                                                                                                                                                黒川の元々のズサンさに加え、高齢となって加速する衰えもあって業績は落ち込んで行った。黒川は一発逆転を考えていた。去年〇四年、黒川は何故か突然沖縄へ引っ越すと言い出した。                                                                                                                                                                                                       「数回那覇の百貨店で単発企画はしたのよね。さっきも言った通り、九八年によく売れたことがあって沖縄に好印象を持っていて、以来何回か那覇の百貨店で展示会したのよ。二匹目のドジョウを求めたんでしょ」                                                                                 「それだけで沖縄へ? 引っ越すと言うても、移住でしょ。ご高齢やし、最後の場所と言うか・・・」                                                                                                  「ほら、去年八月、国際大学に米軍ヘリが堕ちたでしょう。その直後よ、沖縄へ行くと言い出したたのは。テレビの速報観て、頭に血が上っていっぱい電話かけまくってたわ。そうそう、比嘉さんにもしてたわよ。夜はテレビに向かって吠えてた」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      「夏に決めて、一〇月実行? 即行やな・・・早過ぎません?動きが」                                                                                                                            「そういう人です。訳が解りませんよ。私は猛反対したけど聴く人じゃありませんもの」                                                                                                                                                      「ん~ん。何か他に気付いたことあります?」                                                                                                                                                                                                                  「墜落事件の翌日、沖縄の女性から電話があって、一週間後に沖縄へ行って、借家も勝手に決めて来て・・・。黒川の言動の裏に女の匂いもして不愉快だったし・・・。」                                                                                                                                             「えっ? そんな・・・。違うでしょ、それは。今年七十八歳でしょうが」                                                                                                                             「黒川は自分は青年だと思っているのよ。まぁそれはいいんだけど、」                                                                                                                                                                          「問い質せばええやないですか」                                                                                                                                                                                  「いいんですよ、それは部分ですし。勝手に沖縄移住を決めたたことは、永~い経過の最終場面です」                                                                                                                                                                               不可解な話だった。何が何だか判らない。                                                                                                                                          米軍ヘリ墜落、沖縄の女性からの電話、黒川自然が移住を言い出す・・・、この三つに関連があるとも思えない。ひとつだけ質問した。                                                                                                                             「電話してきた女性の名は憶えてます?」                                                                                                  「それが憶えてないのよ。沖縄の何々ですと電話があった」                                                                                                                        「心当たりは?」                                                                                                                                                                                               「知らないわよ!」                                                                                                                                    美枝子はこれ以上電話の女性のことは言わないとばかりに会話を閉じた。

「その後ユウくんとは・・・」                                                                                                                                                                               「ひろしにはね、ケイタイ持たせているから時々話し合えているわ。黒川に内緒でかけて来るわよ。夕方が多いのよ。家に独り、黒川は外出中という時ね。夜なら、チチは?って訊くと、たいてい今お風呂なんて言ってるけど」                                                                                                                                                                                                                            帰宅が都合で遅れる場合などを考え、黒川がユウくんにケイタイを与えたという。皮肉にも、それが黒川が最も避けたい母子の連絡と交感のツールとなっているのだ。                                                                                                                                                                        ユウくんが通う自立支援センター「ひかり園」は午後五時の終了。バスで通うユウくんは黒川が出かけている場合、自宅へ戻ってから独りの時間を過ごすことになる。帰宅が遅れる時、黒川は四時前に園に電話を入れ、指導員とユウくん本人に遅れることを告げる。着信はもちろん、発信もワンタッチ登録で使いこなしている。ケイタイには、〈いえ〉〈チチ〉〈ひかり〉の三つだけが、1・2・3としてワンタッチ化されている。美枝子の番号を、黒川の知る1・2・3以外の伏せ番号にセットしてユウくんに伝えたのは「食堂」のオバサンだ。母子の別離に心を痛めてのことだ。黒川の帰宅が遅れる時には、ユウくんはそのオバサンの店で夕食を摂るらしい。美枝子が離れるに際してそうセットして来たとのことだった。  

                                                                                                                                                                                                                                                                           

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