連載 31: 『じねん 傘寿の祭り』  三、 タルト (9)

三、タルト ⑨

黒川の許を去ることにした直接の理由は聞かせてもらえなかったが、語り出せば終わりのない話が詰まっているのだろう。真偽は不明だが、先ほど聞いた「言動の裏に女の匂い」もあるのかもしれない。あれこれ聴いたところで、それはキッカケに過ぎない。そこへ至る長い物語の最後の弾きがねでしかないのだろう。                                                                                                                                                  だが、ユウくんを置いての沖縄脱出。それは一般的には聞き辛い。大阪の周辺者からは大ブーイングだ。その声は裕一郎にも届いていた。                                                                                                                   「ひろしと一緒に逃げたのよ。航空券も二人分買って空港に着いたら、ゲートの前に黒川が立っててね。それはそれは顔から火の出るような恥ずかしい想いをしたわ。大声を出して、衆人環視の中で叫ぶのよ。完全な暴力ですあれは」                                                                                                                          引き返すことは屈することだと思い、出来るだけ早急にひろしを迎えに来るんだと決意して、一人で飛行機に乗った。その場面に怯えたひろしは黒川に奪われた。年末に、こっそり那覇へ行ったのよ。携帯電話でひろしを説得して呼び出そうとしたけれど、今度はひろしが応じなかった。ひろしは「ぼくがチチを看なきゃ」と思っているのよ。黒川はひろしの面倒を見ているつもりでしょうけど、事実は逆です。ひろしがチチを棄てられないのよ。                                                                                                                                       「もう亡くなった両親を、昔棄てて来た私に当たってる天罰なんでしょうよ・・・、ほんとに。」                                                                                                                           人様が、善意からだろうけど、自分が理解できない事態、納得できない人間ドラマに苛立っていて、私を悪者にすることで整理が着くのならそれでいいと思っています。どう思われているかくらい、私の耳にも入ってきますよ。あなたも聞いているでしょう? いいんです、それで。                                                                                   「いえ、ぼくの耳には特に・・・」                                                                                                                                        ひろしを連れ出しても黒川は連れ戻しに来るに決まってる。また大仰なパフォーマンスするでしょう。私には分かる。ほら、あなたが黒川ともよく行っていた駅裏の呑み屋「しののめ」のママなんか、携帯に三度も電話し来て説教するのよ。警察沙汰の近所にカッコ悪い騒動になっても、黒川の身に何か起こっても、何があっても、それでも我が子を離さないのが母親でしょ、私ならそうすると。                                                                  だけどね、私だってそんなことには耐えられる。言われなくたってひろしは私が産んだ子です。                                                                                                                                                          昔と違って高齢のしかもニトロを離せない黒川です。違うのよね今度は、命にかかわります。それでも・・・と人は言うでしょう。違うんです、そんな形で大騒動になったりチチが死んだりしたら、誰が一番哀しみます? ひろしです、ひろしが哀しむんです。                                                                                                                                                                                                                いまの状態は、ひろしにとって、どちらも棄てていない状態です。だからこれでいいんです。私にとっては「連帯を求めて孤立を恐れず」ですと言った美枝子は、すぐに「ちょっと違うわね」と付け加え大げさにアハハハと笑った。

今、軍資金貯めてます。従業員寮に居るのよ、従兄弟はマンションを用意すると言ったけど、寮に入るから差額をお金でくれとまで言ったのよ。寮に居る仲居さんたちの人生模様、解かります? どこへも行けないおんなたちの終着駅よ。DV夫や我が子の暴力から逃れて来て姿を隠している人、住む処など確保できない多重債務の人、不倫逃避行の果てに男に逃げられた人、若い男に貢いでいる人、故郷の両親に幼い子を預け月々給料の大部分を送金している人・・・、様々です。自身を生きることが困難なのよ・・・。                                                                                                                                 裕一郎は、昔、二十歳のころ半年居たパチンコ屋を思い出していた。ああ、同じだったなあ~。やはり「吹き溜まり」には違いなかった。そこで、密かに詩を書いている朝鮮人マネージャーに出会い、影響を受けたのだ。有名大学を受験すると嘘をついて高額の餞別を、客観的には「せしめた」のだ。だが、当時自分は若く、時代は若者にある種の可能性への扉を閉じてはいなかった。                                                                                                                                                                                                 その可能性の総てを食い潰したのだろう身を思えば「解ります」とは返せず、黙って聴いていた。                                                                                                                                                                                                                               

 

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