Archive for 5月, 2010

つぶやき: 鳩山は退陣せよ! 社民党、政権に留まる道あるべし・・・

529日 沖縄タイムス: A.M654分発信

【社説】

『日米共同声明』首相の退陣を求める 沖縄を再び切り捨てた

日米安全保障協議委員会(2プラス2)が28日に発表した日米共同声明は、鳩山由紀夫首相の選挙公約で県民の期待が高まった

県外・国外移設を完全否定し、「対等な日米関係」を目指すとした政権公約を破棄するものになった。

【東京】

政府は28日、臨時閣議を開き、米軍普天間飛行場をキャンプ・シュワブ名護市辺野古崎地区および隣接する水域に移設する政府

方針を閣議決定した。同時に、閣議に先だって開かれた基本政策閣僚委員会で政府方針への署名を拒否した社民党党首の福島瑞穂

消費者行政担当相を罷免した。福島氏は罷免後に会見し「沖縄を裏切ることはできない。これ以上沖縄に負担を押しつけることに

荷担(かたん)はできない」と署名拒否の理由を語った。社民は党首の罷免を受け「連立政権のあり方に重大な決定をせざるを得

ない」との抗議声明を発表。党内では連立離脱の声も上がっており、30日の全国幹事長会議で最終判断を下す。政府方針は日米

共同声明を踏襲し、普天間の移設先として「キャンプ・シュワブ辺野古崎地区およびこれに隣接する水域」と明記。今後の政府の

姿勢として(1)基地負担の沖縄県外、または国外への分散(2)在日米軍基地の整理・縮小に引き続き取り組むこと―を盛り込

んだ。福島氏は会見で、鳩山由紀夫首相が辺野古埋め立てを「自然への冒涜〓」と発言したことに触れ「辺野古から始まって辺野

古に戻ったことに激しく失望している。私を罷免することは、沖縄を切り捨てることだ」と鳩山首相の姿勢を強く批判した。

※(注=〓は「さんずい」に「売」の旧字)  

写真は28日:18:30~ 首相官邸前で抗議する人々(ぼくも参加しました)。 夜景高層ビルの手前、シルエットが官邸。

日本(ヤマト)の大報道機関には、三つのタブーあり。アメリカの戦争・日米軍事同盟・天皇。                                                               

                                                                              

歌遊泳(歌詞研究): 演歌の向こう側と「切れて」「繋がる」ために ①/5

「阿久・大野・ジュリー」組が駆け抜けた70年代最後の五年間

 ジュリーッ!                                                                                 ジュリー:沢田研二が歩いてきた途、トップには立たない途には、「どメジャー」を忌避する、ある「美学」があったと思う。                                                                                       考えてみれば、ジュリーは全盛期にも大いなるマイナーだった。いま、九条の危機を謳い、ネット上で、あれは非国民だと、                                                                                   下品かつ暴力的な攻撃に晒されているらしい。(YouTube に在った『我が窮状』は、何故か消去されていて、現在見当たら                                                                                                   ない。また、アップして欲しい)                                                                                          (あっ、Yahoo Videoにあった。http://video.yahoo.com/watch/3605408/9947720)←歌詞内容には疑義ありですが、それは別の機会に・・・

2009年8月稿 再録

70年代末、ジュリーは、作詞:阿久悠、作曲:大野克夫の歌にピタリ乗って、いい歌唱を届けてくれた。それは日本の歌謡に                                                                                                へばりつく、いわば大衆的抒情とは「切れた(い)」という刃を秘めた歌詞群だった。事実、色恋・花鳥風月・故郷・家族的「情」                                                                                                                                                         希望や夢・別れ等を、聞き手に媚びて謳う従来の日本の大衆歌謡の歌詞とはどこか異質だった。                                                                                  阿久悠・大野克夫・ジュリーのトリオは、「よかった」「あんたの時代」の最後の時間が今、まさに終ろうとする日々を、                                                                                          何かに急かされ咳き込みながら、ひたすら駆け抜けたのだろか。ここでは、彼らが、75年から79年までの、わずか5年間に                                                                                          集中して世に出した、連作:全8作品を振り返ることにする。8曲のほとんどが、ある「終焉」を前にした者の「喘ぎ」のように                                                                                                       聞こえるのはぼくだけか?時代は、すでに曲がり角(70年前後)を曲がってからかなりの時を経ていた。そして、ぼくらが                                                                                                   三者の5年間の「歌パフォーマンス」の意味を味わって聴く間もなく、70年代があわただしく過ぎて行った。                                                                                                          (阿久悠が書く男性には密かに頷けるのだが、女性への照れ・茶化し・皮肉のような視線は、当時の我を見るようでつらいところだ)

『時の過ぎゆくままに』(75年) 「身体の傷なら直せるけれど 心の痛手は癒せはしない」                                                           http://www.youtube.com/watch?v=kYtRqhPEGh0&feature=related                                                                 『勝手にしやがれ』(77年) 「思い出かき集め 鞄につめこむ気配がしてる。」                                               http://www.youtube.com/watch?v=JX3dHdTt9OI&feature=related                                                                『憎みきれないろくでなし』(77年)「傷つけ合うのが嫌いだからと ずるずるみんなを引きずって」                               http://www.youtube.com/watch?v=0zn3zCCEaZs                                                                                                      『サムライ』(78年)「片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を」                                                                                http://www.youtube.com/watch?v=_Met9KGlyeQ                                                                                                            『ダーリング』(78年)「すべてがわかったといってくれ 世界中に発表してく」                                               http://www.youtube.com/watch?v=SMRn7IS-0mA&feature=related                                                 『LOVE抱きしめたい』(78年)「あなたには帰る家がある やさしくつつむ人がいる」                                 http://www.youtube.com/watch?v=d712HJnMX_Y&feature=related                                                                             『カサブランカ・ダンディ』(79年)「男がピカピカの気障でいられた。 ボギー、ボギー あんたの時代はよかった」                                                                        http://www.youtube.com/watch?v=PxT4-8AGfek                                                                    『OH!ギャル』(79年) 「女の辞書には不可能はないよ 女は誰でもスーパー・スター」                                http://www.youtube.com/watch?v=yBwgJxGAzpE&feature=related                                                  《今、文字ヅラを追えばいささか恥ずかしくもある・・・》  《若い人へ:ボギーとは映画『カサブランカ』などに出演した役者ハンフリー・ボガードです》                                         

93年のTVドラマ『ポケベルが鳴らなくて』(緒形拳、裕木奈江)は、ポケベルで呼び出し合う時代の、中年サラリーマンと親子ほど                                                                                         年齢差ある女性との「不倫」ラブ・ストーリーだった。その頃にはもう初期携帯電話が普及し始めていたから、少し時代遅れの設定                                                                                       と思えたが、普及が、脚本から映像化までの時間を追い越して行ったのだと納得した。ぼくは、80年代初めには仕事上の必要から、                                                                                        高価な自動車搭載電話を持ち、やがて身近な誰も持っていない重い携帯電話を入手して「大社長か?」と嘲笑われた。                                                                                    現場関係の親方連中は皆持っていたのだが・・・。                                                               ( 資料:ポケベル・携帯電話の歴史←http://www.econ.fukuoka-u.ac.jp/~junji/rekishi.html )                                        今、言いたいのはそのドラマの男女関係のことではない。男女間の「緊急」かつ「やむにやまれぬ(?)」交信のアナログ性に込めた                                                                                     想いのことだ。ポケベルのディスプレイに表示される、送信相手を示すあらかじめ設定した数字以外には、字も言葉もない世界の、                                                                                             相手と己の「切実さ」や言葉を超える「言葉」のことだ。それは、主役の座を携帯電話・メールに奪われるポケベルの短命性と、                                                             移り行く伝達手段の男女関係以上に「はかない」過渡期性を暗示していて、両方のやがて来る「終焉」を告げていた。                                                                                         電話→ポケベル→携帯→メールへの、わずか40年弱の伝達手段の驚異の変化は、「ボギー、あんたの時代はよかった」と嘆く者を                                                                                                  嘲笑うようなスピードで進行したのだ。阿久悠・大野克夫・ジュリーが、5年間に喘いで吐いたものは何だったのか?                                                                                                さらなる、3D・新バーチャル・それ以上の、通信革命の世を生きる若者が、「ボギーの時代」を「よかった」と嘆けた阿久悠の時代                                                                                        は、ホントに「よかった」んだネと、嘲笑って言うかもしれない。阿久悠・大野克夫・ジュリーの70年代末の言葉(詞・曲・歌唱、その                                                                                               総体)は、ぼくにとって、「勤務会社偽装破産と職場バリケード占拠闘争」 「労組による自主経営企業設立」などと重なって                                                                                   いる時期だ。これに対し、『お前のここでの時間は、60年代の思い出かき集め」「ずるずるみんなを引きずって、                                                                                帰る家があることをいいことに、心に花束 唇に火の酒とうそぶいて、ピカピカの気障でいられる時間なのだろうが?』 と、                                                                                                      60年代の友から、暗黙の賛意とも揶揄とも言えない言葉を浴びて、ムカつきながら怯んでもいたのだ。                                                                                              けれど、なお辛うじて健在だった「総評」が、「共助」という労働組合の建て前(?)思想が、「自主」という「思込み」が、「このまま」の                                                                         神話であり続けていては、早晩破綻することを、阿久悠らの「喘ぎ」のように的確ではないにしても、薄々「予感」してはいたのだ。                                                                                   

今、ぼくには、未来に関して、ひとつだけ確かだと考えていることがある。人と人の交信のアナログ性が、                                                     後代から、「ボギーの時代」は「よかった」と嘆きも出来た阿久悠の時代こそ「よかった」んだと言われそうな、伝達・交信技術の                                                                                         「予想も出来ない新技術登場」に晒されても、人と人の交信が抱え持つ「切実さ」や、言葉を超える「言葉」⇒【言葉・行動・抗い                                                                                          ・共助思考・儲からない学・詞・曲・歌唱】 が、不要となったり、その座を別のものに譲り渡すことなどないのだと・・・。                                                                                                だから、あれそれこれは、復権できるのだと・・・。阿久悠は、そのことを言うために、「終焉」の前の「喘ぎ」を演じた(作詞した)                                                                                      のだろうか。それは、日本の歌謡にへばりつく大衆的抒情と「訣別」することを通してしか、出来はしないと考えたのだろうか。                                                                                  そして、それに、成功しただろうか? そこは各自の評価だ。

つぶやき: 勝手に決めた政府案など葬ろう という行動に関わっていたい

大報道機関!
社民党、 政権離脱か、福島氏罷免か と騒ぐが、違うでしょうが・・・。
本末転倒! アメリカとの合意文に「辺野古」があり、国内文書に無しとする・・・?これ、佐藤の密約の手法。
佐藤密約的二枚舌を、今度はマスコミ・国民の公認・公開の下やれよ、と言うのか?
このダブル・スタンダードへの見解をハッキリ書きなさい! 離脱・福島氏罷免問題は 鳩山の側の対応の結果でしかない。

「9条改憲阻止の会」ニュースより 抜粋転載 2010年5月26日 第55号

明日<5月28日(金)>、緊急の国会前座り込み行動

■    いつの間にか5月も末となってしまった。今年は鳩山首相の普天間基地移設問題野5月末決着がその焦点である。5月28日(金)にはアメリカ政府との共同声明が発表されると伝えられているからだ。共同声明はどのような言い繕いをしようとも旧自民党政権下で合意した移転先として辺野古に新基地を建設する案への回帰である。そして、沖縄の地域住民の意思を踏みにじる政府の頭越しの決定である。「国外、最低でも県外移設」を公約していた鳩山首相が、それに膏薬を貼ったり誠意大将軍のふりをして誤魔化しても誰にも信用されない代物である。                                                                こんな案を政府が勝手に決めても実現はしない

■    正直言って、鳩山首相の言動にも、便宜的に主張を変えるマスメディアの報道にも腹立たしい。「アメリカの戦争と世界戦略」に日本の外交―安全保障の軸をおいてきた、あるいはそれを容認してきた戦後の日本のありように思いがいたる。アメリカの仕掛けている戦争、つまりは現在の戦争について僕らは全霊をかけて考え抜き、それと対決し続けなければならないのだ。これはやはり容易なことではないと思える。しかし、「日米関係の見直し」「日米の対等な関係の構築へ」の国民の視線と期待はその可能性を示している。沖縄は独自の動きを内包しながらその道を先行している

■ どのような形態でもいい。今、必要なことは政府への、そして日米共同声明への異議を申し立てる行動である。国会前の座り込みはささやかなものかもしれない。だが、僕らはこの行動を僕らの可能な行動として呼び掛ける。******************************************************************************************************

現地実力(非暴力)阻止闘争と 個人・団体・宗教・政党、政権党内部の賛同者の 包囲網が、日米合意を覆すことを目指して・・・           

歌遊泳: 「大阪ソング」に聴く、方法としての「大阪・おおさか・OSAKA」

2008年9月稿 再録。                                                                                                                                                              下の写真の場所を全て特定できたら、立派な「大阪人」(?)、どうです?                                                                                                                                                                                                                                                                                             これが大阪か? 違うやろ!・・・。 という類の歌もありそうだが、
元々、市内・北摂・河内(北・中・南)・泉州は、それぞれに別物。何かと違うようだ。
地域の食や俗に詳しい人から、「茶粥は紀州・大和・河内だけでっせ」と聞いたことがある。
ぼくの両親はその大和出自なのだが、「茶粥」は伝来の「食」だ。
冬はアツアツ、夏は冷やして・・・、それは極上の我が「父母の味」といったところだ。
                                                                                                               さて「大阪ソング」。御堂筋・心斎橋など有名地の固有名詞が付いている歌はかなりあって、
いわゆる「ご当地ソング」も多く、上六・京橋・天神橋・曽根崎・梅田などの名も見受けられる。
古くは、フランク永井、ザ・ピーナッツ、欧陽菲菲、などが大阪ものを歌い、何と!吉永小百合さんも三曲も歌っている。     80年代初めには、京都出身の都はるみさんが数曲のヒット曲を出したと記憶している。
「ごった煮」大阪の歌に特別の感慨などないが、虚構と現実の狭間を駆け抜けて生き抜くような、シリアスとコメディが同居しつつその隙間も承知しているような、何とも「半現実的」な人生訓・・・そんなところが「大阪的」と言われていることの、何処にでもあるはずの実相なのかも知れない。例えば、『六甲おろし』の 闘志溌剌(はつらつ)起つや今 熱血既に敵を衝(つ)く 獣王の意気高らかに なんていう難しい歌詞と、スター選手であってもチャンスに打てないことが続けば、「アホンダラ!家帰って寝とけ!」となる罵倒が同居しているのだが、その選手への「敬意」はそれとして根強く生きて続けているから不思議だ。その両者の狭間にファン心理の核心(?)があるのだが、東京で巨人「軍」のスター選手が巨人ファンに罵られたとしたら(それはあまり無いようだが)、もう終わりだろう。選手のとファンの関係を「断つ」ことになるのか? 贔屓の引き倒しという言葉もあるが、大阪のそれはちょっと違う。決して、引き倒さないのだ。
 
東京ではドタバタ軽騒ぎの「吉本的笑い」が大阪だと流布されていて、大いに迷惑している。
吉本攻勢のせいで「もういいよ。大阪は解ったヨ」という訳でもあるまいが、大阪ソングは久しく無いですなぁ~。(別に欲しくもないが)
それは、大阪の経済的地盤沈下と符合しているのだ。 ともあれ、聞き覚えのある歌を年度順に列挙する・・・。 
 
『道頓堀行進曲(筑波久仁子、1928年) 『野崎小唄(東海林太郎、35) 
『六甲おろし(大阪タイガースの球団歌、36)) 後のクラシック歌手:立川澄人版が有名だと思います。これが公認かも?
『買物ブギー(笠置シズ子、50) 『こいさんのラブ・コール(フランク永井、58) 『月の法善寺横町』(藤島桓夫、60) 
『通天閣の灯橋幸夫・吉永小百合、63) 前年62年『いつでも夢を』のヒットで二匹目のどじょうを狙ったか? この歌知ってる人います?
『王将(村田英雄、61) 『若い二人の心斎橋(吉永小百合・三田明、64) 『天満橋から(吉永小百合、65)
『たそがれの御堂筋(坂本スミ子、66) 『釜ヶ崎人情(三音英二、67。作詞:もず唱平)                                                                『大阪の女』(ザ・ピーナッツ、70)  『宗右衛門町ブルース(72)                                  
『世界の国からこんにちわ(三波春夫、70) 【吉永小百合、坂本九、広田三枝子、山本リンダ、多数あるが、三波先生しか記憶にありませんね
『雨の御堂筋(欧陽菲菲、71) 『大阪ラプソディー(海原千里・万里、76) 『河内のオッサンの歌』(ミス花子、76) 
『大阪で生まれた女』(Boro、79) 『大阪しぐれ』(都はるみ、80) 『二人の大阪』(都はるみ、81) 
『悲しい色やね』(上田正樹、82) 『浪速恋しぐれ』(都はるみ・岡千秋、83) 『道頓堀人情』(天童よしみ、86)                                                                 『河内おとこ節』(中村美津子、89) 『大阪ビッグ・リバー・ブルース』(憂歌団、90年頃か?)
『夫婦みち』(河合美智子、97) 【『連続テレビ小説 ふたりっ子』で、「通天閣の歌姫」と言われる叶麗子がモデルのオーロラ輝子役で出演
 
それでは、混沌の大阪、11曲の大阪チャンプルをお楽しみあれ・・・、                                                                                                                             こいさん・いとはん、船場あきんど、春団治、坂田三吉、大阪空襲、敗戦後大阪たくましオバチャン、                                                                                               万博、釜ヶ崎、夜のキタ・ミナミ、大阪城ビジネス・パーク、泥色の大阪湾 などを思い浮かべながら・・・。
                                                                                                                                                                                                                                                  『道頓堀行進曲』(筑波久仁子、1928) http://www.youtube.com/watch?v=iZNFAJIAEuY
『買物ブギー』(笠置シズ子、50) http://www.youtube.com/watch?v=Ex5VuJdHTa4
『こいさんのラブ・コール』(フランク永井、58) http://www.youtube.com/watch?v=QMpXNACXnhQ
『天満橋から』(吉永小百合、65) http://www.youtube.com/watch?v=xrCqvburWnM
『釜ヶ崎人情』(三音英二、67) http://www.youtube.com/watch?v=9b_ecSqWtmA
『大阪の女』(ザ・ピーナッツ、70) http://www.youtube.com/watch?v=qJg9U52DxWs
『雨の御堂筋』(欧陽菲菲、71) http://www.youtube.com/watch?v=5YTozakMGjw
『大阪で生まれた女』(Boro、79) http://www.youtube.com/watch?v=V-XEroHRc_w
『悲しい色やね』(上田正樹、82) http://www.youtube.com/watch?v=y59hpd5aGkc
『浪速恋しぐれ』(都はるみ・岡千秋、83) http://www.youtube.com/watch?v=FBUPPAgwiPA
『河内おとこ節』(中村美津子、89) http://www.youtube.com/watch?v=zkPherRET7c                                               写真の答。左から、淀川大橋と六甲に沈む夕陽、ひっかけ橋こと戎橋のグリコ広告塔前、『泥の河』の原風景界隈の安治川沿い倉庫群。                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

歌遊泳: 心に響く「歌」の向こうには、響きの何十万倍もの受難史がある

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 『わらびがみ』 http://www.youtube.com/watch?v=V7V-wJYlggc&feature=related 古謝美佐子
『てぃんさぐぬ花』 http://www.youtube.com/watch?v=UPPEkVkFvV4 cojaco
『ハイサイおじさん』 http://www.youtube.com/watch?v=KM-36N8E5uQ 喜納昌吉チャンプルーズ
『島人ぬ宝』 http://www.youtube.com/watch?v=h9Lg3dHFfsM ビギン
『涙そうそう』 http://www.youtube.com/watch?v=-2k1xfFxOk8&feature=related 夏川りみ
『芭蕉布』 http://www.youtube.com/watch?v=AriayG8-_OI 普天間かおり                                                                                                                                                                              
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   『いい歌は簡単に生まれはしない。その奥に裏に向こうに、時代があり人がいる、想いがあり思想がある、愛があり、そして闘いがある。』                                                (『時は過ぎてゆく』 曲:ジョルジュ・ムスタキ、歌唱:金子由香利、に関して書いた一文 ←http://www.yasumaroh.com/?p=3391 より) 
事件の悲惨、被害者の無念や打ち砕かれた未来・希望、加害者のこころの闇・・・、その「公的」意味を自己の内に刻み蓄積できた者だけが・・・                                                  (映画『ぐるりのこと』評←http://www.yasumaroh.com/?p=3139より)                                                              『負け続けることを止めた時、その時が本当の敗北だ』                                                                                    (金時鐘さん、某出版記念会での発言 より)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

普天間移設。民主党案は認められない。党内はどうなっているのか?

<普天間移設>米要求に大幅譲歩 現行案と大差なく   5月23日2時31分配信 毎日新聞   
                                                                                                                                                                                                                                                                         米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題を巡り、日米両政府が22日大筋意した内容は、鳩山由紀夫首相が約束した「5月末決着」期限が迫る中で、交渉を急いだ日本側が沖縄など地元自治体や連立与党との調整よりも対米合意を優先した結果、米側の要求に大幅に譲歩したものとなった。米側主導の交渉でほぼ現行案に戻る形となり、沖縄や社民党は「頭越し」の合意に反発を強めている。

政府が12日の日米実務者協議で示した原案は、環境に配慮した工法として「くい打ち桟橋(QIP)方式」の検討を明記。環境特別協定の締結交渉や、普天間の基地機能の県外移転先として鹿児島・徳之島や全国の自衛隊基地に加え、グアムなど国外も検討対象に挙げたが、米側はいずれも消極姿勢を示した。 一方、米側が強く求めた「現行計画の環境影響評価(アセスメント)の範囲内に収める」との要求は合意に盛り込まれた。代替施設完成と在沖海兵隊グアム移転の目標年限の2014年をこれ以上遅らせたくないとの意向で「日米実務者間では共通していた」(防衛省幹部)という。社民党の福島瑞穂党首は22日、毎日新聞の取材に「沖縄の同意と連立政権内の合意がないまま先に決めてしまうのは全く理解できない。沖縄の反発はより強まり、日米関係も悪化する」と批判。政府関係者は「合意はしたが、普天間の問題は何も終わっていない」と語った。                          

鳩山首相! 地元との約束・選挙公約・三党協議・閣議・党内論議 全て踏み躙るのか?                                                                 戦後体制を問うこともなく、アメリカとの同盟を全てに優先するのか?                                    自公政権の基地政策踏襲なら政権交代の意味は何だ?                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

読書: 「鎮魂歌」ゆえに「応援歌」 熊沢誠著『働きすぎに斃れて』

熊沢誠著:『働きすぎに斃れて』 -勤労者の価値観の総体変更への勧めだと読みたい-                                                                                                                             

本書を手に取ると、ズシリと重く(岩波書店、¥3200、380頁)、読むとそれは、書かれている事態の重さと著者の想い(怒り、鎮魂、共感、無念、遺された者への応援歌)が積もった重さであった。  が、一気に読んだ。                                                                                                                感想を書こうと思いつつ、今日までその「重さ」に圧倒され、又苦手な社会科学書の中身を伝えたいという柄にもない欲に邪魔されて書けなかった。                                                                                                                                                                    ぼくとて、映画を見て胸詰まったことはある、例えば一昨年の『ぐるりのこと』(橋口亮輔監督)。小説を読んで落涙したこともある、例えば昨年の『八日目の蝉』(角田光代著)。  だが、これまで社会科学の書物を読んでそれはなかった。ところが、本書を読み進めていてそれに遭遇した。                                                                                                                                          本書は、読者の多くが「これは私のことだ」と思える、日本の労働現場を覆う「強制された自発性」の果てに「斃れるまで働く」者の葬列に寄り添う者・立ち会う者からの、鎮魂と告発の書なのだ。背表紙にはこうある。                                                                                                             『死にいたるまで働く人々、それはまるであなた自身の姿ではないか――。ふつうの労働者が「しがらみ」に絡め取られながら限界まで働くことによって支えられてきた日本社会。そのいびつな構造が生み出した厖大な数の過労死・過労自殺の事例を凝視し、日本の労働史を描き出す。現状を変えていくための、鎮魂の物語。』

労使関係論の学者、科学者熊沢誠が、込み上げる感情に筆を奪われまい、「科学的」でありたいと、抑制・苦闘した跡が、行間のそこここに溢れているのだが、その感受性に裏打ちされた筆致は、さながら作家が書いた「物語」の様相を呈してもいる。もし、これを情緒的だと言う者がいるなら、そうではないと断言しておきたい。                                                                                             優れたドキュメント映画がそうであるように、優れたルポは人の心を揺さぶるのだ。 情緒的なのではなく本質に迫っているのであり、「物語」なのではなく調査・資料に基づく詳細なルポである。                                                                                                                                                                                                                                                                             情緒の物語が、涙を流したところで終わるのなら、これはそこから始まるのだ、直接性の世界が・・・。                                                                                                                     読者には、否応無く、本書が言う通りの「強制された自発性」に追われた昨日・今日の職場があり、「名ばかりの管理職」の激務に苛まれる明日の仕事がある。人生の大きな部分を占有している労働の「場」、出口のないその「場」を変えてゆく方策を掴まなければ、「燃え尽きるまで働き」「斃れる」のは「ひと事」ではなく明日の自身かもしれないという、追い詰められた者の臨場感が在る。

証券マン・教師・トラック運転手・介護士・ファミレス店長・電気工事者・自動車工場・設計技師・精密機器産業・銀行員・システムエンジニア・・・、そこには「名ばかり店長」「派遣や請負の非正規社員から管理職社員まで」の葬列があり、「いじめ」とパワハラがあり、ブルー・ハーツの歌のごとき「弱い者が夕暮れ さらに弱い者を叩く」という風景があり、それを奨励して「統治」する日本の労働現場の「構造的ひずみ」、つまりは成果主義・ノルマ・強制された「自発性」・提案や反省文の強要・連帯責任・度外れたサービス残業・全面屈服を前提に成る人事考課・派遣請負化・・・積年の労使共謀による合作たる「共助風土の解体」が在る。                                                                                                    裁判や労災認定申請の過程の記録を駆使した、50を超える詳細な実例記述は、斃れてしまった当事者の無念を超えて、「死に立ち会う者」の心労と共感を超えて、企業への怒りを超えて、制度・人的環境(仕事仲間、労働組合)への告発を超えて、実は当事者に撥ね返って来る課題を抑制的に・控えめに浮かび上がらせてもいる。                                                                                        その「超えて」に必要な方法論を、労組や周囲が「示して欲しかった」、自身が仲間・家族などの助力を得て「見出して欲しかった」という鎮魂・無念の記は、一義的に個人に責があるのではないと解明する論証だ。

映画『ぐるりのこと』を思い出していた。                                                                                                この映画は、待望して身籠った子の死から、こころのバランスを崩しやがてこころを病んで行く妻、その妻を何とか支えようとする夫。妻が再生への入口に立つまでの夫婦の日々を描いている。                                                                             靴修理の仕事から「法廷画家」に転職した夫は、最近の、凶悪・悲惨・冷酷犯罪の裁判と関係者を目の当たりにする。 人や社会との関係も成立し難い病に沈んで行く妻を支えようとする夫の、こころを広げ浄化し高めて行ったものが、逆に「法廷」で知る眼を覆いたい事実だったことを通して、ある「可能性」を示していた。
事件の悲惨、被害者の無念や打ち砕かれた未来・希望、加害者のこころの闇・・・、その「公的」意味を自己の内に刻み蓄積できた者だけが持ち得る、ある「可能性」を・・・。                                                                                            そして又ぼくは、昨日のニュースが伝えた制度開始一年の、「裁判員」体験者へのアンケート結果を考えていた。                                                                                                                                  アンケート結果は言う。大多数の人が、社会全体のことを考えるようになったと答えていると・・・。(裁判員制度自体への評価は保留とします)                                                                                人は、個々の悲惨や受難の具体を知ることを通してこそ、「社会全体」を考える「能力」を持っているのだ(とばくは確信している)。                                                                                                                               本書も又、情理を尽くした誠実な記述をもって、読者を「労働」と「日本の労働現場」の全体を思い起こさせる「場」へと導く、その「力」を持っていた。加えて、事態は今日の明日の我が事なのだから・・・。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    本書は、ぼくのような社会科学書苦手者に棲む「苦手」理由を覆して、その論旨を一般読者に届け得た、たぶん数少ない書物だと思う。                                                                                                   それが、著者の「隠し切れない」感性に負っていることは間違いない。

労働→生産→購買消費生活→社会的位置→夫婦・家庭→趣味娯楽→子を巡る願い→労働→生産→・・・・・                                                                                                                                           勤勉に付着している、出来れば「出世又は安定」したいという「在ってしかるべき意識」、購買・消費の底にある「誘導された欲望」、家庭運営の基本に居座っている「人並み」な水準を家族に与えたいという「横並び強迫」、けれども自身の労働、明日また繰り返す労働は、その「欲望」を前提にした「不要不急のモデル・チェンジ」に類する作られた消費欲望に相応する生産の、自身によるその再生産なのだ。                                                               環状にしてエンドレスの、この強固な輪。そのどこか一箇所でも「断ち切る」ことが出来たら、強固に見え不変に思える輪は、形状を維持できず見る見る溶解し、姿を変え、風景は変わるのではないか? 企業が、そして多くの場合労働組合までもが、その輪を打ち固める側に在る限り、ぼくら自身が、まず、その輪の切断可能な箇所を「エイヤッ」と「断ち切る」。ぼくらのそうした挑みが、勤労と生活を覆う自身の価値観総体の変更(下記の著者結語にある「集団主義」)への、出発点だと思うのだ。                                                                                                           それは、「自己責任」論と聞こえそうでそうではない、ささやかでも根本的な、生きることの「自己決定」なのだ。                                                                                        玉子が先かニワトリが先か?  企業の政策や職場の人的環境や労働組合自体の、永い変更への架橋を築くためにこそ、いま玉子が先なのだ。「反:自己責任論」に立てばこそ、いま、ぼくたち自身が「価値観の総体変更」を獲得するために、時に頑ななプライドに縛られ、時に生活的強迫や弱さから、時に上昇志向から、そのままにして来た輪の一部を、「断ち切る」のだ。そう思って部厚い本を読み終え、再度開いたりしていた。

著者の結語はこう「全体」を語っている。                                                                                                        『80年代以降の新自由主義がなお勢力を保ち、働きかたの「個人尊重」論がもつ惰力としての受難の「自己責任」論によって、目前の働きすぎとワーキングプアの併存すら一定不可避なことと見なされもする現時点では』                                                                                 『形成されるべき労働者像とはおそらく、価値基準としては、自分にとってかけがえのないなにかに執着する「個人主義」を護持しながら、生活を守る方途としては、競争の中の個人的成果よりは社会保障の充実や労働運動の強化を重視する「集団主義」による――そうした生きざまの人間像であろう。』

【余談】(以下の感慨はぼくばかりではないだろうと想像します)                                                                                    ①学術書では、裁判資料の引用時に、裁判官氏名の記載が当然なのだろうが、裁判官の「諭し」や「叱咤」にはある「誠実」が読み取れて、時にそこに聞き流せない重量があったと認めたい。氏名表記の連続に仕事仲間や労組が、裁判官から「諭される」(裁判官が保持している「人権感覚」さえの欠如を指摘される)がごとき事態への、著者の想いが伝わって来て本書の立ち位置が沁みて目からウロコ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            ②中部電力主任焼身自殺の事例。激務から「限界」にいた夫に対して、妻が「声さえ掛けられなかった」ことに、被告代理人たる女性検事が「何故」「カクカク云々と声掛けしなかったのか」と追求する場面がある。著者の記述の底に、「おんながおんなを貶めること」の二重に屈折した「権力性」への怒りを読んだ。女性が「国家」の意向(威光)を背に語る構図の引用に、著者の、女性観や女性へのまなざしや共感を垣間見たのは、ぼくだけの読みすぎだろうか・・・?。 

歌遊泳: 「死にたいくらいに」「憬れた」のか・・・長渕。

長渕剛
 
この人は天才です。
けれど、『とんぼ』が清原応援テーマ・ソングなのはいただけない。
欲望と虚飾の街:「花の都 大東京」との和解のように見え聞こえてしまう。
憧れ・急かされ・煽られ、今夜も若者が消費による「自己実現」へと、用意された街を闊歩する。                                                        中年男:長淵に、「憬れた」ことへの自己分析と、現在と初期長渕との関係分析を聞かせる「歌」が欲しい。                                                                        
そうか、元々「死にたいくらいに」「憧れて」いたんだったっけ。
和解を拒否する道を貫いて若くして果てた、東京生れ東京育ちの 歌手もいたが・・・。
 
                                   
                                                                
                           
                       
かなり以前の長渕。↓                                                                                      『巡恋歌』 http://www.youtube.com/watch?v=4Y0nFKMxZsU&feature=related
『ろくなもんじゃねぇ』 http://www.youtube.com/watch?v=aRnBY35yAlY&feature=related                                                                                                                               『とんぼ』 http://www.youtube.com/watch?v=2Rvk939EpQQ&feature=related
  〃   http://www.youtube.com/watch?v=zP6Ctz-D1Ek&feature=related                                                                                                                             

                                                                                                                                                                       

交遊通信録&歌遊泳: M氏の 『戦争は知らない』、五月の工場

音信不通の先輩Mさん。

今日、東京は2時を過ぎても快晴でした。五月の蒼い空を見ると、あなたを思い出します。どこでどうしています?

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70年が明けて月が変る頃、ぼくは行き場も無く、後年妻となる女性の狭い下宿屋に転がり込んでいた。

ある日、ぼくの部屋にも来たことなどない先輩Mが唐突に訪ねて来た。ひと時雑談を終えると、

先輩Mは、ぼくに「今後は、お前とは会えないと思う。最後なので歌を唄う」と言って、『戦争は知らない』を唄い始めた。

聞いたことはあったが、通しで聞くのは初めてだった。突然のことであっけにとられたのだが、意外に上手かった。

誰の歌かと訊くと、カルメン・マキだと言う。Mは四番まであるその歌詞を、最後まできちんと唄ったと思う。

ぼくたちは大きく拍手し、Mは黒い顔を赤く染めて照れていた。部屋の主はお茶の一杯も出したのだったろうか・・・。

当時、MはK大「*共*」の重要な役をしていて学内「有名人」だったのだが、最後に苦い表情で改まってこう言った。

「俺、卒業するんや。苦労して大学へ行かせてくれたお袋、年老いたお袋に、卒業証書見せんならんし・・・。お前なら解ってくれるやろ。」と。

誰彼が「卒業試験粉砕」などと言っていたのだったか、あるいはK大「*共*」の要求や闘争が店晒しのさ中に卒業とは何事か、

それも重要な役のMが!との学内「世論」があったのだろうか? 「お前なら」と言われては困ったが、

ぼくに「解ってくれる」雰囲気が漂っていたのだろうか・・・? ぼくにはMの選択を非難する気は起こらなかった。大学というものにも、

卒業ということにも、何らの執着もこだわりも持たなかった当時のぼくは、ただ「ふ~ん、そうなのか」と思うばかりだった。

それはそれでいいじゃないかと受け止めたと思う。 いや、それ以前に進退極まった自身のことで精一杯だった。

だが、こだわりや執着があるのに、苦渋の果てに卒業を拒否した人々にとって、それは許せないことだったようだ。

その日その部屋その場面の記憶は鮮明なのだが、Mが仲間に、とりわけぼくに、何故、何を言いに来たのか、よく分からなかった。

やがて大学を除籍となったぼくは、後年、勤務先で労組を結成し争議となり、77年2月、組合つぶしの破産に直面する。

風の便りにMが南大阪の工場で「破産法」下の職場占拠闘争を闘っていると聞き、晴れわたる1977年の五月、破産争議のイロハを聞こうとMを訪ねた。

職場占拠の防衛戦に必要な各種法的対策、自主経営企業設立の方法、破産法闘争のありとあらゆる智恵を授かった。今も感謝している。

そこで初めて、Mが大学卒業を高卒と「詐称」し、いわば目的意識的に「労働戦線」を選択して南の工場に就職したという経歴を知った。

そのことを特段立派だと思ったのではない。その時の心は、卒業試験を受けるというMの選択を追認した心と、ぼくの中で繋がっている。

それらはいずれも、明治以来、(亜)インテリ層(?)青年が直面した、「現代」に普遍的な岐路であり選択だったと言えなくはない。

人の、たぶん切実であろう選択にはそれ相応の重量があり、その重量を背負う、あるいは背負い切れない、それは当人だけの荷物だ。

Mの卒業を非難した人の多くがやがて卒業し、学生当時の言葉と行動からも「卒業」して行ったことも事実だ。

けれど、人々が、その卒業が生きて行く為に必要な条件の一つであるような現実を生きながら、なお「卒業」しない事柄を抱えて生きる限り、

そしてぼくらが、何事からも「卒業」しないような「愚かさ」からは「卒業」すべきだと痛く自戒する限り、そこに軽重は無く、

それぞれの数十年はいわば「等価」なのだ。ぼくとMなら、自主経営企業をそれぞれの理由で破綻(ぼくの場合は破産)させたのだ。

カルメン・マキ『戦争は知らない』を聞けば下宿屋の光景が浮かび、五月の青空を見れば油にまみれたその工場内部を思い出す 。

その両方に、その日のMが居る。

両方を繋げば、「学内闘争は気にはなるし、立場もよく承知している。が、自分は卒業もして労働戦線の生産現場へ行く」そう言いに来たのだと、

「欺瞞的」だと受け取られまいとしてか「高卒で行くのだ」とは言わなかったのだと、ようやく理解できる。

もっとも、「労働戦線」という言い回しは、当時も今も好きではないのだが・・・。

Mさん、どうしてます? 芋焼酎呑みましょ。何がどうであれ、会社破産後の自主経営を、

破綻させてしまった者同士として・・・。

今度はぼくが言いましょう、「あなたなら解ってくれるやろ」と。

つぶやき: ハト迷走と国民

逆説『ハト迷走の効用(?)』
  
マスコミの論調の微妙な変化に、呆れながら、その「効用」(?)に苦い想いもあります。
 鳩山民主党政権の普天間-辺野古を巡る迷走を非難しながら、
「では、どうするべきか?」には答えないマスコミの無責任ぶりは相変わらずだ。 
沖縄の声、徳之島の声を前に、何も言えないのだ(当然)。
日米同盟に斬り込むことも、安保そのもののいかがわしさに言及することもないのだ。
が、さりとて(一部を除き)「普天間閉鎖はアカン」とも「辺野古を受け容れよ」とも
「沖縄県内しかない」とも言えずにいる。
鳩山迷走と同じく、旧政権が描き推進した「絵」に戻せとは言えず迷走の中にいる。
辺野古・徳之島・他、様々に非難しながら旧「絵」ではない「答え」を提示できないジレンマを這っている。                                                                  世論も、「県内移設が当然」でも 「旧絵に戻せ」の大合唱でもない。
そこで、TV番組は
①何故、いつから、どんな事情で「沖縄に基地が集中」しているのか。
②海兵隊は抑止力か。
③在沖縄米軍が、戦後関わってきた「戦争」で何をしてきたか。
④返還時の日米密約は何か。日本(国民が納めた税金)が何故各種の負担をしなければならないのか。
⑤日米地位協定の無法性、フィリピン:クラーク空軍基地・スービック海軍基地の撤去の事実。
などを紹介し始めている
そんな中で、しばしば明記事を載せる東京新聞:4月28日付:朝刊の紙面にいいコラムがあった。
タカの強引即決」より、「ハトの優柔不断」の方がマシであり、
この迷走中に国民は、少なくとも「これまでには無かった」「考える」機会を得た、と書いている。
実際、沖縄・普天間・辺野古…こうした単語を誰もが知り・考える機会とはなったのだ。
国民が本当に「考え」始めたのならいいのだが・・・、そう期待したい。
鳩山政権が「国外」を打ち出せば、支持率が上がると見てノラリクラりとそこへ向かえばいいが・・・。
が、祖父譲りの改憲論者:鳩山の本音が、見え隠れしてヤバイく、事態はこの論者が言うほど悠長なことではない。
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