Archive for 7月, 2016

「アジール 空堀」: ユーラシア 西の果ての島 東端の列島

高野陽子さんアイルランド歌謡

昨夜、天神橋5丁目『浮世小路』(天神橋筋に面している)で、高野陽子さんのライアー(竪琴)と澄み切った高音美声の、アイルランド歌曲を聞かせてもらった。エンヤの楽曲が世界的に聴かれたのをついこの間のことのように思い出す。

高野陽子さんを初めて聴いたのだが、『サリーガーデン』(アイルランド民謡)『スカボロ・フェア』(スコットランド民謡)・・・・、何故かユーラシア大陸の西の果ての大陸からは離れた島:アイルランドがス~っと入って来る。こっちは、東の果ての離れた列島だ。

ケルトは、古代に中央アジアからヨーロッパに渡来した、インド・ヨーロッパ語族の中のケルト語派の民族で、広くヨーロッパ全域に居住したが、ゲルマン・ローマ・アングロサクソンなどの覇権種族の被支配層として生きた。支配強度の比較的弱い環アイルランド・スコットランド・ウェールズなどに民族的にはケルトが残っている。が、その言語=アイルランド語(ゲール語)、スコットランド・ゲール語、ウェールズ語、マン島語、ブリトン語(ブリテン島在住のケルト人の言語)の話者は減少傾向にあるそうだ。

FB用

高野さんが用意されたスライイド映像の、痩せて荒れたアイルランドの狭い農地を囲む石垣に、ふと目的は違う沖縄の石垣風景を想い起し、その歴史と現在、そして「歌」が浮かぶ。

すると図らずも、何と、高野陽子さんが、休憩を挟んだ後半に三線の弾き語りを始めるではないか!

「てぃんさぐぬ花」「安里屋ユンタ」「花」・・・・。

歌は正直だ。少数者の哀史と矜持を、暖かさと優しさと強い意志を、真っ直ぐに伝えている。高野さん、是非「アジール空堀」に来てアイリッシュ魂歌のライアー演奏歌唱、沖縄歌謡の弾き語り・・・やって下さい。

http://takanoyoko.com/

 

 

 

 

 

交遊録: 「ある卒業」

【ある卒業】

1998年まで隣の市に住んでいた。

1977年からゆえあって労組で運営していた「商業施設設計施工」の会社が、初期の食うや食わずを脱したころ、業績の乱高下をフラット化させよう(という甘い素人考え)から、やや身の丈を超えた規模の飲食業も始めた。そのころ酒販店の社長に「勉強になるで」と連れられ紹介された小さな呑み屋がある。女性が一人で切り盛りしている。繁忙時間に「おもて」に女性店員を使ってはいたが、ほぼ一人でこなしておられた。丁寧な調理は驚くほど品数も豊富。「志づ家」さんという。1985年だった。30年になるなぁ~。ヨネミヤ

始めた飲食業はまずまず運んだが、98年にぼくは20年続けた本業の方の施工業会社を潰してしまい連鎖で飲食業もパア~。同年、現在の市に移転、その後拾われた会社で東京単身赴任をし、現在の半労・半リハビリ生活に至っている。

が、隣の市の「志づ家」さんには帰阪の際に機会を作っては出向いた。「助けてもらった」という記憶があるからだ。会社を潰す前後の言葉化できない修羅を、問わず語らず受け止めてもらった。女店主の、ここには書けない「壮絶な苦難」が、他者の苦境に無言の理解と癒しを届けたのだと想う。同じ年の父の死に際しては、その夜の内に誰よりも早く駆けつけて下さった。

 

先日、その「志づ家」さんから「6月末日をもちまして閉店させていただきます」と葉書をもらっていた。万博の年:1970年開業、46年間営んで来たとあった。76歳になられたはずだ。最終日はお近くの濃いファンがお越しだろうと、最終日の前夜にお伺いした。

「卒業して、山歩きや好きなことしますねん」と淡々と語られた笑顔に、達成感を秘めた安堵があった。その夜も美味かったのは言うまでもない。FB用

当時、営んでいた会社の特異性や業務の苦境の具体を何も語らなかったが、間違いなく伝わっていたと確信をもって想うのだった。

店は「政治と宗教の話、ご法度」で、客同士が激したりすれば、たちまちレッドカードが出るのだが、彼女が明確な筋金入りの「改憲阻止派」であることをぼくはよ~く知っている。

*写真は最終日の前日と2009年母上ご存命時のPhoto

 

Search