連載 59: 『じねん 傘寿の祭り』 六、ゴーヤ弁当 (5)
六、 ゴーヤ弁当⑤
比嘉がその未完成だがほぼ仕上がったシーサーとユウくんを見てしみじみ言った。 沖縄では、ユウくんのような子を「神の子」と言うのじゃ。各共同体では、「そんな子を迫害すればバチがあたるさ、そりゃぁ神の子をいじめているんだから・・・」と教えている。そうやって子供たちの権利を守っているんじゃ。 「ユウくんにも、他の子と同じく生存の権利がありますもんね」と相槌を打つと、比嘉は言った。 「違うんじゃ、それは前提なんじゃ。ユウくんのような子の権利を守る、当然なんじゃ。ここは、この教えは、迫害する側と迫害される側の両方の子を、そうやって守ろうというのじゃ。解かるか裕一郎。」
「人は誰にも、本来、他者を迫害することなく生きてゆく権利がある。それは義務であるよりは、権利なのだ。そう言っておるのじゃよ。『神の子』が生きてゆける環境を作り、『神の子』の育ってゆける人間関係を保証し、受難を最少限にする条件つまり『神の子』の教育権などの人権をぎりぎり守り、一方で加害に加わってしまいがちな他の子の人権も守ろうと言うのじゃ。」 まだシーサー作りをしていたいというユウくんをなだめ、アトリエを後にした。仕上げをいっしょにしような、と比嘉がユウくんに声を掛けていた。
「沖縄は深いねぇ~」 帰りの車中で黒川がポツリと言った。裕一郎も比嘉の言葉を噛み締めていた。他者を迫害することなく生きてゆく権利・・・。 日が暮れるころ、ギャラリーに立ち寄ると大空に亜希とヤンキー娘ヒロちゃんも加わって作業していた。陳列台下部の収納部分、建具の開閉に難がると、一旦全部外して付け替え微調整している。 「精が出るねぇ。君には頭が下がるよ」俺には下がらんのだよな、黒川さん。 「建具のガタ付き、気になったのよね・・・。あと二枚で終わります」 大空は額の汗を拭って微笑んだ。亜希が木屑を掃いている。 残っている照明の件、自宅の家具類の持ち込み、商品の搬入などを打ち合わせ、黒川がオープン日を決めた。二週間後だ。 「もう船はないよね。今夜はどうするのかね?」 「今夜、品物を卸している店数件と懇親会があってみんなで行くつもりです。まあ接待ということです。懇親会は店の持ち回りで今年は玉城。宿泊についても用意してくれてます」 ユウくんが亜希に言った。 「アキさんは、うちに泊まるよね。去年、約束したもん」 「約束ぅ? そうか、そうだね。じゃあそうしようか。いいですか」 亜希が大空と黒川に目で問いかけ承認を得て、亜希とヒロちゃんは懇親会のあと黒川宅へ来て泊まることになった。黒川は大喜びを隠そうとして隠せない。鼻がピクピクしていた。 大空は、自分は朝の船で帰るが、君たちは夕方の船で帰ればいいと配慮を示した。
十一時を回ったころ、亜希とヒロちゃんがタクシーでやって来た。相当呑んだようで、アハハアハハと笑い転げ、明らかに酔っている。黒川はすこぶる上機嫌だった。いくつになっても、若い娘には目じりが下がるのだと呆れたが、それは裕一郎とて全く同じなのだ。 ユウくんはもちろん起きてはいたが、もう目はトロトロで二人の来訪を確認して安心したのか、ダウン寸前。ユウくんを数分かかって二階の寝室へ誘導して降りてくると、酒盛りが始まっていた。応接間は、運び出す商品が積まれていて使えない。三人は黒川の書斎に陣取っている。彼女たちが宴会から持ち帰った料理をアテに泡盛を呑み始めていた。 裕一郎が加わって「もいちどカンパーイ」となった。八十歳前と六十歳前の老人二人を前に、安心感に支配され、酔いも手伝って彼女たちの会話は大胆に展開されそうだ。 大空の話になっていたらしく黒川が喋っていた。 「気付いているんだろ」 「知りませんよ。いい人だと思いますけどそんな気はないんです」 ヒロちゃんも口を挟む。 「たぶん、もう秒読みですね。彼がコクるのは」 「だろ? 罪だねぇ」 「どうして罪ですか? 私には自分以外の人間の課題をいっしょに思い悩んだりする余裕はないんです。それが罪ですか? 大空さんがそんな気持ちで居るなら明日にでも出て行きますよ。思うんです、男女にはタイミングというものがあって、互いに必要としている時しかそうならないんじゃないか、と・・・。黒川さん、人のことより美枝子さんとのラヴ・ロマンスはどうだったの? すごいことやったって聞いてますよ」 美枝子から聞いた三十年前のドラマを暴露してやろうかと思った。タイミングか・・・きっとそうだ。美枝子の話が事実なら、二人で仕切った展示会を終えた翌日、美枝子が松山駅で「もう一日居れば」と声をかけ結ばれ、やがて黒川が妻子を棄て度々松山へ押しかけ一大パフォーマンスを演じたドラマには、確かに両者のタイミングがあったのだ。個人史・私的状況・公的状況・・・その複合、つまり「時代」。それらが、互いの、人柄と総称される、個性・感性・考え・基本スタイルに共通して刺さらないなら、事態は起きはしない。そして、共有する「時代」とは成り難いのだ。それが、人というものにいつまでも棲み付いてしまうその人固有の時代というものだ。
連載 58: 『じねん 傘寿の祭り』 六. ゴーヤ弁当 (4)
六、 ゴーヤ弁当④
アトリエに着いてギャラリーの進捗状況を報告すると、比嘉は立地・条件とも褒めてくれ喜んでくれた。四人でゴーヤ弁当を食べた。空腹だったのだろう、ユウくんがいつも以上に速く食べる。 「そうじゃのう、記事にでもしてもらうか・・・。ちょっと待ちなさい」 比嘉が何処かへ電話している。相手としばらく雑談を続けた後、比嘉が切り出している。 「お前さんへの貸しやけどのう、そろそろ返してもらおうと思うてな」に始まって、最後は「間もなくオープン日が決まるから電話するよ。写真も入れてやれや」「そうか、頼むぞ」と終るこの電話会談はこんなことだった。
偶然黒川が比嘉への第一情報伝達者だったという、去年の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件の際、琉球弧タイムスが比嘉に原稿依頼した。原稿用紙二十枚以内ということだった。書いておきたいことから言葉を選び、比嘉はやっとのことで二十枚に纏めた。ところが、新聞社はそれを約三分の二程度に圧縮。比嘉は「ならば全文引上げる」と抗議したが、今の電話の主:デスクになだめすかされ「いつかこの借りは返すから」と言われた。幸い何とかガマンできる内容にはなっていたこともあり、中止よりは記事掲載を選んだ。その貸し借りだと言う。 裕一郎は慌てて申し出た。 「そんな大切な貸し借りを、黒川さんのギャラリー・オープンという私的な出来事ごときで使っては申し訳ありません。取り消して下さい」 「裕一郎! 何を言うとるのじゃ。商売人のくせして甘いのう。そやから失敗するんじゃ。政治の貸しを政治で返してもらおういうのは野暮なんよ。こういう風に処理してやるのがウチナーの心よ。互いの信頼よ。こうしておけば奴はいつかほんまの返済をしよるやろ。ナンクルナイサ。奴はまた必ず記事依頼するさ、それがワシらの貸し借りじゃ。」 礼を言うべき黒川が黙っている。最後に「そうかい、それは有難いね」だけだ。黒川が、比嘉は俺が大きくしてやったとでも言い出しそうな構えで居る。大富豪・大先生の黒川様だ。 比嘉はそれでも表情を変えることなくニコニコして平然としている。ユウくんにあれこれ問いかけ、ユウくんとドロこねを始めた。ユウくんとシーサーを作ると言う。 比嘉に備わっているものがユウくんの心と共鳴しているのが分かる。ユウくんは、せっせとドロをこね比嘉が用意したノッペラボウにドロを重ねて行く。やがて、表情を表し始めた大きなシーサーの完成像を、何故か思い描けた。黒川が案内してくれ、ユウくんに似ていて心に留まった、豊見城の路傍のシ-サーだった。 熱中するユウくんを見ながら比嘉が大阪の夜間高校教員時代の思い出を語り始めた。裕一郎たちが占拠中職場に用意し提供した作業場へ来ていた頃のことだと言う。
顧問をしている美術部にダウン症の生徒がいて、卒業を控え度々呑みに連れ歩いていた。最初のうちは生徒の自宅最寄駅まで送り、迎えに来ている母親に引き渡していた。が、一ヶ月もすると、自分で駅からの夜道を独りで帰ることになり、酒を間にした交流は貴重なものだったらしい。
ところが、ある夜事件は起きた。今と違い携帯電話などない時代のことだ。
いつもの駅で生徒と別れ、彼がいつも通り真っ直ぐ帰宅するものと思っていた。自身は又呑み歩いて、深夜帰宅して翌朝学校へ出向くと、緊急職員会議が待っていた。 未成年の生徒に、しかも障害ある生徒に酒を呑ませるとは何事か! 前夜、別れた後、生徒は独りで再び呑んで金を使い果たし二十円しか持っていなかった。タクシーに乗り、当然ながら代金を払えず、咄嗟に走って逃亡。警察に一晩保護されていたらしい。 「事故に遭ったら、どうするのか? アル中にでもなったら、比嘉さんあんた責任取れるのか?!」
「障害者は酒を呑むなと言うのか?! 飲酒権の独占か?」と激しい応酬を繰り返していたら、普段は論争の相手だった教師が、糾弾している連中に言った。
「酒を問題にしているあなた、そして担任のあなた。酒がダメだと言うならじゃあ、コーヒーの一杯でも飲もうとあの子を喫茶店に誘ったことがありますか? 酒という不適切なものであってもそれを媒介にして比嘉君が 築いた、生徒との回路に学ぶべきもありと認めた上で、話そう」と。
職員会議はこの一発で様相を変える。比嘉も素直に配慮不足と酒を飲ませたことを詫びた。その教師とは、この件で仲良くなり今も付き合いがあるという。
「ほんとは、ワシが酒呑みたかっただけなんじゃがな」と比嘉は照れて笑った。
帰ってこない息子を案じ母親が八方尽くして比嘉と連絡をとろうとしたが出来ない。本人は警察に「先生とお酒呑んでた」と自供もしていたらしい。 母親は息子と比嘉との交流の経過を全て知っていて、安心して迎えに行くのを中止してしまった私が悪いと、自らを責めたが、その心労を思えば、「ワシの思い上がりじゃった」と比嘉は結んだ。
比嘉とユウくんの共同制作が進んで行く。どんな風に仕上がるのか楽しみだ。
連載 57: 『じねん 傘寿の祭り』 六、 ゴーヤ弁当 (3)
六、 ゴーヤ弁当③
翌日、早速契約した。五月は改装に当て、家賃発生は六月からとしてもらえた。大空のお陰だ。 材料を調達して三日後から工事を始めた。大空は那覇の友人宅に泊り込み、現場に来て収納庫付きのロー陳列台を器用に作る。既製品家具はもちろん、家具工場で作った整った家具では出せない、手作り感いっぱいの多少不揃いのいい味わいがある。裕一郎はもっぱら大空の助手をした。 昼に近くの路上に出る屋台の弁当屋で買ったゴーヤ弁当を食うと、これが安くて美味い。ゴーヤ・チャンプル以外のおかずが日替わりなので飽きもせず連日ゴーヤ弁当を食った。350円、スープが30円。安い。
天井は裕一郎がローラー塗装し、クロス屋に壁を貼替えさせ、床は休みを使って応援に来た亜希も加わり三人で木調塩ビタイルを貼った。久しぶりの店作りに心動いたのか、いつぞやの床材料ミスを思い出したのか、亜希ははにかんだような表情を見せて、額に汗していた。六時間後貼り終えたときの、達成感のようなものが、やはりかすかに込み上げた。身に沁み付いた職業病だろうか・・・。 照明配置を大きく変えるのは、器具代以外に配線や天井補修もあって無駄。で、近くの電気屋を呼んで、左右壁前の陳列台から少し離して通路の天井に配線ダクトを取付け、商品を照らすスポットライトを設置することにした。あとは、その照明取付と、店の外部の看板だ。黒川宅にある応接セット・大阪から持って来ている陳列棚を設置すれば完成だ。工事は通常なら一週間で終る内容だ。云わば自前の素人手仕事、それでも約二週間でほぼ終った。大空への手間賃は、黒川が、預けていて売れた商品代金十五万を約束どおり払うと言ったが、大空は一日一万円、計九円万貰います、と六万を返した。黒川はさすがにその六万を「まぁ臨時賞与だな」と言って裕一郎に渡した。 もしもし、臨時も何も正規の報酬を、まだ一文も貰ってないぞ。どうする気だ?
在来の看板を再利用しようと、ボディの再塗装・面板の交換・内蔵照明の交換などを看板屋と打合せていた土曜日。打ち合わせが終る頃、黒川がユウくんを連れてやって来た。 比嘉真を訪ねようと提案した。開店に向けた智恵もくれるだろう。ユウくん同行は前回訪問時に比嘉が勧めてくれていたから歓迎されるだろう。土曜日で少ない弁当屋台で、ゴーヤ弁当を買い、比嘉に「弁当持って行きますからね」と伝えると比嘉は上機嫌だった。 比嘉のアトリエへ向かう車中で、黒川が休園日だが園に呼び出され、ユウくんの「暴力事件」を知らされたと聞いた。決して暴力など振るわないユウくんが、自分より体格の大きなシンジ君とトラブルを起こし投げ飛ばされるや、箒を持ち出し背中を叩いたという。黒川は「ひろしは理由もなくそんなことは絶対しない」と突っ張り、トラブルの原因を問い質したらしい。 園では、喧嘩両成敗、よくある「喧嘩」の一種だとして、互いが原因について語らないので分からないと言う。ともかく暴力はいけないの一点張り。黒川もユウくんにどうしてトラブルになったのか訊くのだが、ユウくんは「解からない」としか答えないという。 裕一郎も、ユウくんの人柄から暴力など考えられない。またユウくんは、自分の体力的な弱さも充分知っていて、人に対していつも一歩引いていた。そのユウくんが箒を振り上げる・・・、そこにはそうしなけれ崩れてしまう、守ってきた信条の危機があったのではないかと思った。 黒川は、箒で叩いたことは咎め、原因についてはいつか話してくれるだろうと、しつこく問うことはしなかったそうだ。いい父親だ。
裕一郎は直感する。往き帰りのバスでいっしょだと裕一郎が想像しているユキちゃん、彼女がこの事件に関係しているのではないか。そう思ったが、黒川には黙っていた。 いつか、ユウくんと恋の話をしよう。
交遊通信録: 友人からの情報
日本の自然エネルギーの技術は世界トップレベル!
なのになぜ自然エネルギーの自給率が
低かったか知っていますか?
その原因の一つが電気を家庭に送る送電線を電力会社の一企業が独占していたからです。
一企業が独占していると送電線は自由に使えません。
道路を一企業が独占しているのと同じだからです。
本来送電線は公共物で、自由利用の原則に基づくものです。
ところが一企業が独占所有しているために、
企業や都道府県、市区町村などが大量の電気を作ったとしても、
公正な価格で販売することができず、その結果、
一方に電気があるのに社会全体では、
電気が足りないという現状が生まれてしまうのです。
『送電線が国有化されたならば、どうなるでしょう?』
送電線が自由利用の原則に基づいて接続自由になると、
企業や都道府県、市区町村は独自で電気を創りはじめます。
その多くは地域の特性に基づいた自然エネルギーとなるでしょう。
世界では一般的に認められている自然エネルギーに対する
固定買取制度により、それらの発電主体は豊かになります。
そして国有化された送電線を使い、地域で作った電気を地域の人が使えるようになるのです。
東京の電気をまかなうために、新潟や福島や青森で電気を作っています。
しかし、その電気は東京に届くまでの距離が遠いため、送電ロスが多くなるだけでなく、
費用も多額にかかるようになってしまいます。
スマートグリッド(※1)のように地域内での発電と配電が調整されれば、
このようなロスは避けられることになります。
もう多くの人が気付いているように、需要をコントロールすれば、
原発が全部止まったとしても電力は足ります。
デマンドサイド・マネジメント(※2)を実行すれば、
限りなく電源を開発する必要はなくなります。
しかも、その電源の多くがco2を排出する火力発電です。
しかし送電線が国有化されるとともに民主化されれば、
自然エネルギーから電気がどんどん販売できるようになり、
火力発電をフル回転させなくてもよくなっていきます。
送電線の国有化が実現すれば、割高な原発からの電気は抑制され、結果、電気代は安くなります。
それぞれの地域が独自でエネルギーを生めるように、送電線の国有化を望む署名を集めたいと思います。
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※1『スマートグリッド』デジタル機器による通信能力や演算能力を活用して電力需給を自律的に調整する機能を持たせることにより、省エネとコスト削減及び信頼性と透明性の向上を目指した新しい電力網 。
※2『デマンドサイド・マネジメント』電力消費に関して、消費者側が管理制御に関わること。消費者が制御に参与し、需要量の制御を行うことによって、需給の協調を実現、より効率的で無駄のない需給システムを形成しようというもの。
『一ヶ月で1000万署名に向けて具体的にやる事』
今回、日本中に一気に送電線国有化という風が吹くように
一ヶ月という短期間で署名を集めたいと思います。
ぜひ、一緒にこの一ヶ月、あなたの力を貸して下さい!
★広める用紙や署名ツールはこちら★
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連載 56: 『じねん 傘寿の祭り』 六、 ゴーヤ弁当 (2)
六、 ゴーヤ弁当②
交差点の角のビルの二階にある喫茶店に入った。今日の納品は終わっていて時間はたっぷりあるらしい大空は、明日は運送会社支店留めの材料が来る、その引き取りがあるので、今夜は那覇に泊まるという。 「ギャラリーじねん」の改装計画を話したが今ひとつ盛り上がらない。大空が何か言いたそうだと感じた。こちらから話を振った。 「松下亜希さんは元気にやってますか?」 「連休中も大活躍でした。ずっと居て欲しいんだけどねぇ。計画があるみたいでこの夏が終われば辞めたいとは聞いているんですよねぇ」 「元の仕事に戻るって言うてましたか?」 「だと思います。はっきりそう言ったのではないのよねぇ・・・。」
大空も「亜希病」にかかっていると直感した。日に焼けてガッチリした身体の大空が、前かがみで肩をすぼめ、手は空になったコーヒー・カップを動かしている。男が亜希の前で少年になって行く様を見ながらその心情がよく分かるのだった。自分もまた同じなのだから。 大空がカップから手を放して、問うような、報告するような口ぶりで言う。 「亜希ちゃんに残って欲しいと思うんですが、彼女の人生プランもあるし、恋愛関係にでもなって居て欲しいと言うのならともかく、残って欲しいではぼくのわがままですよね」 「それがすでに恋心でしょ」 「いや~、ちょっと違うんですよ」 「解かる気がします」 「そう仰ると思ってました。仕事でチーム組んでたんですものね。よくご存知なのよね」 亜希の仕事上の思い出話をいくつかした。話すうちに気付いたことがある。 年齢が大きく違う女性への執着は、それ自体失われたもの、過ぎ去った時間、再現不可能な若かった自身への郷愁であり、老いへの自覚であり恐怖なのだ。高志はどうだったのだ。高志の撤退、亜希の行動は何を物語っているのだろう。 人は生まれて来る時代と社会を選べないのだ。
携帯電話が鳴った。黒川からだ。 「おい、交差点に居るよ」 「どちらから来ました?」 「打合せしていた事務所からだよ」 「それは分かってます。いまどちらを向いています」 「もちろん前を向いているよ」。 ん? 東西南北どちらから来たのかと問うているのだが埒があかない。 「いえ、何が見えます?」 「道路と車とビルが見えるよ」 どうにもならない。窓を覗いた大空が黒川を見つけた。 「居る居る、ほらあそこに」 見ると、黒川は北東の角にポツリと立ち喫茶店はそちらだろうと見当を付けてか、飲食店が並ぶ北方向を覗っている。裕一郎たちが居る店は南東角のビルの二階だ。つまり、黒川は交差点を隔てて店に背を向けている状態だ。黒川が振り返り信号を渡ればいい。 「黒川さん、まん前ですよ。こちらから見えますよ。百八十度回って下さい」 いいよ、と言って黒川は左へ九十度回って、西を向いた。 「いえいえそれでは九十度です。あと九十度回って下さい。」 黒川は、今度は百八十度回った。東を向いている。困ったジジイだ。計二百七十度回ったわけだ。 「えーっと、そうですね・・・右向け右して下さい」 黒川は、ようやく裕一郎たちが居るビル方向を向いた。 「信号の向こうに見える、二階に喫茶があるビルです。見えるでしょ」 「ああ見えるよ、目立たないビルだけど。九十度だ百八十度だとややこしいことを言わず、最初から回れ右とか右向け右と言えばいいんだ。君は道案内がすこぶる下手だなあ」 「ハイハイ、すみませんね。その横断歩道を渡って下さい」 「いま信号は、赤だ! 君はぼくを殺す気なのか。」 ギャフン!
連載 55: 『じねん 傘寿の祭り』 六、 ゴーヤ弁当 (1)
六、 ゴーヤ弁当①
連休中ひかり園は休みで、ユウくんは昼間も家に居る。-裕一郎は家事にてんてこ舞い。食事のことが頭から離れない。作ることは苦手ではないが、献立を考えるのが面倒くさい。冷蔵庫に有るものをダブって買ったり、ない物をあると思って買いそびれたり・・・、主婦の苦労が分かる。 連休が明け、大空が配達の途中に物件情報を持ってやって来た。 大空が見つけてきた物件は、黒川宅から車なら二〇分ほどの場所で、官庁や黒川が拘る国際通りにも近く立地としては合格点だ。十五坪で、ライブもする多国籍料理店の半分だ。元々十五坪のバーだったその店が、隣も借りぶち抜いて拡張し三十坪のライブもする店にしたそうだ。今回、大空の友人である店主の体調不調などから、半分を返し元の規模のバーに戻すらしい。大空と店主の関係、店主と物件オーナーとの信頼関係もあり、保証金を預け置くこととし、つまり保証者と借主が違う形をとり、家賃は十万と格安。工事面でも、拡張した側はほとんど客席なので、改装も安上がりだ。ただ、その店主に幾許かの保証金を預けてやってくれ、本来戻る保証金を預けたままにするのだから、との事だった。理のあるところだ。出る時には全額返還するという。この変則に家主も同意してくれている。黒川もよく知っている地域で、黒川は「これはいい」と手放しで喜んでいた。
黒川は同業者と3月末の陶芸展の精算とやらで出かける予定がある。売上から会場費・備品のレンタル費・チラシなど宣伝費・諸経費を応分に負担し、事務局が各業者に精算額を示し、今日確認し合い、数日中に振込まれる。黒川の予想では、精算額は二十万前後あるという。 この同業者との共催で臨んだ展示会の入ってくるはずの金について裕一郎は聞いていなかった。出も入りもまるで夢のように流れている。大空に委託し売れた品の十五万にしてもそうだが、黒川は自分に不都合な事柄だけでなく好都合な事柄も失念しているのだ。そこがズサン・チャランポラン・やってられない…の核心だが、憎めないところではある。困ったものだ。 裕一郎は大空と二人で物件の下見に向かった。
物件は、小さな公園に面していて周りには本屋・楽器屋などもあり、飲食店街と文教区域が同居するような趣の立地だった。脚の便も悪くはない。中心地の一画には違いない。 店は半分をもう仕切って閉じていて、続けている方の店に以前のカウンターバーに戻る旨の口上文が貼ってあった。大空に店主を紹介され閉めた側を見せてもらった。椅子もテーブルも撤去されている。床は貼り換えればいいだろう、壁面にある飾り棚はそのまま使い、その左右に収納を兼ねた低い展示台を置くか・・・、照明はスポットライトを増設すればいいか・・・。入口は、現在壁の中に隠れている元々の引戸を復活すればいい。多少古くとも味わいがあって良いのではないか・・・。裕一郎はあれこれと安上がり改装案を考えていた。 「安く改装できそうやね」 「ええ、ぼくもそう思うのね。手作り感を出す意味でも陳列什器はぼくらで作りましょうね」 「けど、道具は持ってます?」 「まぁ一応は持ってます。何とかなりますよ」 「早速、黒川さんにぼくらはこの物件に賛成だと報告するよ」 黒川の携帯電話にかけた。展示即売会の精算も思っていた通りだったと上機嫌の黒川に交差点の場所を伝えた。じゃあ見てみるかな一時間で行くから居てくれ近くに着いたら電話するよ、といつもより不自然に平静な黒川の言い回し。 黒川が逸る気持ちを悟られまいと意識して演じた応答なのだとすぐに分かった。
悪酔い交遊録: 団塊野郎に ヤスマロ君切れる
ヤスマロ君切れる 物理力行使一歩手前
6月11日、東日本大震災・福島原発事故から3ヶ月目のこの日、『6・11 脱原発100万人アクション』が全国で取組まれた。
東京でもいくつかの集会・デモがあり、ヤスマロは新宿中央公園多目的運動広場に馳せ参じ、小熊英二氏(そもそも単一民族説は戦後生まれだ。戦前は植民地を前提に「複数民族が共有する日本」と嘯いていたぞ!との説=『単一民族神話の起源――<日本人>の自画像の系譜』に共鳴)のいささかハイテンションの演説を聞いた。原発推進=米・中・ロ、脱原発=日・独・伊、解かります?第二次大戦戦勝国VS敗戦国なのです・・・と小熊氏。これにはビックリ。 その後『九条改憲阻止の会』の新宿一周デモの最後尾に合流。アルタ前に到着とはあいなった。
【「九条改憲阻止の会」ニュースより】 ●菅総理は5月31日開かれた全国知事会議に出席し、停止要請した中部電力浜岡原発以外の原発について「安全性が確認されているもの、今後確認されるものについては、稼働して電力供給にあたってもらうという基本的な態度で臨みたい」と述べ、さらには政府の国家戦略室がまとめた「革新的エネルギー・環境戦略」素案が6月4日判明し、重要戦略の1つに原子力を明記し、「世界最高水準の原子力安全を目指す」などと原発の事実上の推進路線を続けることを明らかにしています。 総辞職をまぬがれた菅内閣は原子力政策の大幅修整に踏み込む意志がまるで無いことも改めて判明しつつあります。菅直人の不実な態度そのものです。
はてさて、夜も更けた8時過ぎ、若い人の鳴り物(中々見事だった)を聞きながら帰ろうとしたところ、同世代の通行人が若い人に食って掛かっている。 聞くと、発言趣旨は以下のようなことだった。 『ここであった「新宿騒乱事件」を知っているか? 俺たちはその実行者だ。闘いは遊びじゃないんだ。おれは、半端でお気楽な闘いごっこが嫌いなんだよ。何だ、あのドンチャンは! 君らは、原発廃止に向け努力してきたのか?電気はふんだんに使い放題、事故があれば突然脱原発を言う。俺は、電気代一ヶ月8千円で生活している。いまそこで騒いでいる者の全部とは言わないが、七割は雰囲気に付和雷同する一種のファッションなのだ!』 これが、ヤスマロの何かに触った。 『おい、オッサン待ったらんかい! 何の実行者やと? 100歩いや万歩譲って、お前が言うようにこの中の七割が付和雷同の輩だとしよう。では一体、お前は、残りの三割の人とどう関係する気や? 新宿騒乱? 今それが有効だとは思わないが、やりたいのなら提起してせんかい! さあ、やらんかい。この傍観者! お前は、そうやって他者の取組に難癖を付けては何もしない自分、何の当事者にもならない・なれない・なりたくない自身を防衛してきたのだ。お前が新宿某事件の実行者なら、どこの誰か言うてみい。ハッキリ白黒着けたろか!? 表へ出ぇ(あっ、ここは表か)』 掴み掛かろうとするヤスマロは若者に抱えられ、オッサンは黙って退散した。(若者が止めてくれるとの計算は、もちろんあったのだが・・・)
40数年かけても腹の虫が治まらない風評がある。死ぬまでに何らかの決着を付けたいという衝動に4~5年に一度襲われる。 こういうことだ。 昔、学生期に、何が理由のどういう訳でか、気分の悪いことを言われたことがる。 『S君、T君、A君は本気でやっているが、ヤスマロ君はどこかファッション的でおぼっちゃん的だ、と誰々さんが言うてた』 (当時、まだパフォーマンスという言葉は使われていなかったが、それを言いたかったようだ) 『ヤスマロ君は警察の回し者ではないかと某教授が言うてた』 (当時の学生としては高額の収入を確保していたので、やっかみ半分に面白おかしくそう言われたのか?) 誰々さん、某教授というのがミソでそんな存在は架空なのだ。言っているのはこの作り話をぼくに伝えた当人だと分かってはいたが、煮え繰り返る腹を隠して聞き流した。 実際、本気というのが何のことやら分からなかったし、自分の辞書に照らせば「本気」かどうか怪しいものだし、何より話の伝達者がぼくが親しくしていた友の友人だと聞いていたのでその関係を壊しては悪いと思っていた。 人にそう評されてしまう雰囲気がぼくに在るのなら、それは甘んじて聞かねばならない、と感じてもいた。 その後、労働現場での労働組合結成、破産争議や労組自主経営、他の場所での様々な関わり事項で掴んだことがある。 ある事柄に関わる関わらない、にはそれぞれ理由と根拠があって、それはその人固有の譲れない理路なのだ。自分はかくかくしかじかの訳でこうする。それでいいのだ。そう選択したという「当事者」たる責任において、そうするのだ。それでいい。 そう在ることの「当事者」性は断じて「在る」のだ! と確信できたぼくの個人史だ。 どのような「当事者」にもならない処世を(時には早くに学生期から)掴んでいる御仁は、よく見ていると、よく聞いていると、己といま課題として登場している事柄とのダイレクトな関係=云わば直接性、己とそのこととの関係を語らない・語れない・語りたくない、のだ。 結果、あいつがどうだ、奴がどうした、等等といった本論とは無関係な事柄をグタグタと述べるのだった。 まぁ、もういいのだが・・・。 『仲間』からの評ではない以上、聞き捨てるのが思索者の道だ。苦楽を共有した者がこの種の嫌味を言うはずもない。 新宿でチョッカイ団塊野郎に、思い出したくも無い学生期の苦い記憶が蘇えって切れたのだった。
ところで、ぼくには言うところの「本気」なんぞ ありません! 放っといてくれ! 「本気」なるものの定義に惑い、自身の「本気」度に疑問符を持ち続ける・・・そういう日々ではあった。誰だってそうだと思うのだが・・・。
交遊通信録: 地方議員の「こころざし」
こころざし
先月末、旧友H氏の訪問を受けた。脱原発を目指す地方議会議員の会(正式名称は失念した)の立上げ総会だという。 大学時代以来の友人で、関西の地方議会議員を4~5期している。沖縄平和行進に「村」の若者を多数連れて行くとか、議会で在日詩人の詩を朗読するとか、市の平和事業として公共施設の正面庭に某彫刻家の彫塑を誘致するとか、中々の奮闘振りを常々聞き及んでいた。 有楽町と新橋の間のガード下「ホルモン屋」で一杯となった。酒が進み、当然、福島原発、東日本大震災を巡る話となった。 話が進み、H氏は言うのだ。「自分は、差別の問題、雇用形態の問題、人権の問題、安保の問題、沖縄の問題、九条の問題・・・、それぞれ関わり・提起し、動きもした。けれど脱原発を想い動かねば・・・と思いながらなおざりにして来たのではなかったか?」 「脱原発を 語り・訴え・出来る事はした。しかし、巨大な現実・動かしがたいエネルギー政策を前に、まぁ当分無理かな、と自分と自分の動きに制限を加えはしなかったか?」と。 ただちには、現実的功奏に至らないのだという「訳知り」の「いやらしさ」が、自分の言動を差配しては来なかったか? と悔いるのだ。しつこく・激しく繰り返して語った。 今回の福島の事態・・・それは多くの「勝敗は別にして『答』が見える課題、政治スローガンに要約できるテーマ」に汲々として来た「オレら」に、議員をしているとはどういうことなのかを問うている、と言うのだ。 地方議会議員(かつては、大酒のみにして、事あれば肉体的物理的実力行使もいとわわないバカモノ)の彼にして、何とも学生のような(失礼!)、新人議員のような話を聞かせてもらった。
H氏よ、貴方の様な地方議会議員がいる限り、地方議会に意味があり、貴方の存在に意味がある。 数少ない、何かある度にぼくに意見を求めてくれる友人の存在に、我が残された時間の使い方を考えさせられた一夜だった。 新橋ガード下、久しぶりに「痛飲」した。翌日から(本日に至るまで)、朝起きると全身「蕁麻疹」。市販薬を飲むと数時間で引くし、激しく痒いのではない。ただ、一向に治まらない。 昔(1970)、一度よく似た症状に陥ったことがある。「蕁麻疹」・・・、それは「知恵熱」のようなものだろうか・・・?
歌「100語検索」 25、 <行>
行
『帰』を登場させたので、次は『行』だ。 「行」きっぱなし「帰」りっぱなしを繰り返していては、 出会うべき自他、識るべき社会、心に刻むべき事柄・・・などに出会えないのではないだろうか? 「行」くことは「帰」ること、「帰」ることは「行」くことと見つけたり。 人は「行」くべき処へ「帰」り、「帰」るべき処へ「行」く、 その往還の中を生きているような気がする。
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