連載 58: 『じねん 傘寿の祭り』  六. ゴーヤ弁当 (4)

六、 ゴーヤ弁当④

 アトリエに着いてギャラリーの進捗状況を報告すると、比嘉は立地・条件とも褒めてくれ喜んでくれた。四人でゴーヤ弁当を食べた。空腹だったのだろう、ユウくんがいつも以上に速く食べる。                                                                 「そうじゃのう、記事にでもしてもらうか・・・。ちょっと待ちなさい」                                                                                                                              比嘉が何処かへ電話している。相手としばらく雑談を続けた後、比嘉が切り出している。                                                                                                                                                                                              「お前さんへの貸しやけどのう、そろそろ返してもらおうと思うてな」に始まって、最後は「間もなくオープン日が決まるから電話するよ。写真も入れてやれや」「そうか、頼むぞ」と終るこの電話会談はこんなことだった。

偶然黒川が比嘉への第一情報伝達者だったという、去年の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件の際、琉球弧タイムスが比嘉に原稿依頼した。原稿用紙二十枚以内ということだった。書いておきたいことから言葉を選び、比嘉はやっとのことで二十枚に纏めた。ところが、新聞社はそれを約三分の二程度に圧縮。比嘉は「ならば全文引上げる」と抗議したが、今の電話の主:デスクになだめすかされ「いつかこの借りは返すから」と言われた。幸い何とかガマンできる内容にはなっていたこともあり、中止よりは記事掲載を選んだ。その貸し借りだと言う。                                                                 裕一郎は慌てて申し出た。                                                                                                                                  「そんな大切な貸し借りを、黒川さんのギャラリー・オープンという私的な出来事ごときで使っては申し訳ありません。取り消して下さい」                                                                                                                                                                       「裕一郎! 何を言うとるのじゃ。商売人のくせして甘いのう。そやから失敗するんじゃ。政治の貸しを政治で返してもらおういうのは野暮なんよ。こういう風に処理してやるのがウチナーの心よ。互いの信頼よ。こうしておけば奴はいつかほんまの返済をしよるやろ。ナンクルナイサ。奴はまた必ず記事依頼するさ、それがワシらの貸し借りじゃ。」                                                                                                                                                                                                                         礼を言うべき黒川が黙っている。最後に「そうかい、それは有難いね」だけだ。黒川が、比嘉は俺が大きくしてやったとでも言い出しそうな構えで居る。大富豪・大先生の黒川様だ。                                                                                       比嘉はそれでも表情を変えることなくニコニコして平然としている。ユウくんにあれこれ問いかけ、ユウくんとドロこねを始めた。ユウくんとシーサーを作ると言う。                                                                                                                                                                                           比嘉に備わっているものがユウくんの心と共鳴しているのが分かる。ユウくんは、せっせとドロをこね比嘉が用意したノッペラボウにドロを重ねて行く。やがて、表情を表し始めた大きなシーサーの完成像を、何故か思い描けた。黒川が案内してくれ、ユウくんに似ていて心に留まった、豊見城の路傍のシ-サーだった。                                                                               熱中するユウくんを見ながら比嘉が大阪の夜間高校教員時代の思い出を語り始めた。裕一郎たちが占拠中職場に用意し提供した作業場へ来ていた頃のことだと言う。                                                                                                            

顧問をしている美術部にダウン症の生徒がいて、卒業を控え度々呑みに連れ歩いていた。最初のうちは生徒の自宅最寄駅まで送り、迎えに来ている母親に引き渡していた。が、一ヶ月もすると、自分で駅からの夜道を独りで帰ることになり、酒を間にした交流は貴重なものだったらしい。
ところが、ある夜事件は起きた。今と違い携帯電話などない時代のことだ。                                                          
いつもの駅で生徒と別れ、彼がいつも通り真っ直ぐ帰宅するものと思っていた。自身は又呑み歩いて、深夜帰宅して翌朝学校へ出向くと、緊急職員会議が待っていた。                                                                                                                       未成年の生徒に、しかも障害ある生徒に酒を呑ませるとは何事か!                                                                                                                                                前夜、別れた後、生徒は独りで再び呑んで金を使い果たし二十円しか持っていなかった。タクシーに乗り、当然ながら代金を払えず、咄嗟に走って逃亡。警察に一晩保護されていたらしい。                                                                                                                                   
「事故に遭ったら、どうするのか? アル中にでもなったら、比嘉さんあんた責任取れるのか?!」
「障害者は酒を呑むなと言うのか?! 飲酒権の独占か?」と激しい応酬を繰り返していたら、普段は論争の相手だった教師が、糾弾している連中に言った。
「酒を問題にしているあなた、そして担任のあなた。酒がダメだと言うならじゃあ、コーヒーの一杯でも飲もうとあの子を喫茶店に誘ったことがありますか? 酒という不適切なものであってもそれを媒介にして比嘉君が 築いた、生徒との回路に学ぶべきもありと認めた上で、話そう」と。                                                                     
職員会議はこの一発で様相を変える。比嘉も素直に配慮不足と酒を飲ませたことを詫びた。その教師とは、この件で仲良くなり今も付き合いがあるという。
「ほんとは、ワシが酒呑みたかっただけなんじゃがな」と比嘉は照れて笑った。                                                              
帰ってこない息子を案じ母親が八方尽くして比嘉と連絡をとろうとしたが出来ない。本人は警察に「先生とお酒呑んでた」と自供もしていたらしい。                                                                                                              母親は息子と比嘉との交流の経過を全て知っていて、安心して迎えに行くのを中止してしまった私が悪いと、自らを責めたが、その心労を思えば、「ワシの思い上がりじゃった」と比嘉は結んだ。

比嘉とユウくんの共同制作が進んで行く。どんな風に仕上がるのか楽しみだ。

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