連載 56: 『じねん 傘寿の祭り』  六、 ゴーヤ弁当 (2)

六、 ゴーヤ弁当②

交差点の角のビルの二階にある喫茶店に入った。今日の納品は終わっていて時間はたっぷりあるらしい大空は、明日は運送会社支店留めの材料が来る、その引き取りがあるので、今夜は那覇に泊まるという。                                                                                       「ギャラリーじねん」の改装計画を話したが今ひとつ盛り上がらない。大空が何か言いたそうだと感じた。こちらから話を振った。                                                                                                           「松下亜希さんは元気にやってますか?」                                                                                                                        「連休中も大活躍でした。ずっと居て欲しいんだけどねぇ。計画があるみたいでこの夏が終われば辞めたいとは聞いているんですよねぇ」                                                                                                                          「元の仕事に戻るって言うてましたか?」                                                                                                                                 「だと思います。はっきりそう言ったのではないのよねぇ・・・。」

大空も「亜希病」にかかっていると直感した。日に焼けてガッチリした身体の大空が、前かがみで肩をすぼめ、手は空になったコーヒー・カップを動かしている。男が亜希の前で少年になって行く様を見ながらその心情がよく分かるのだった。自分もまた同じなのだから。                                                                                                       大空がカップから手を放して、問うような、報告するような口ぶりで言う。                                                                                             「亜希ちゃんに残って欲しいと思うんですが、彼女の人生プランもあるし、恋愛関係にでもなって居て欲しいと言うのならともかく、残って欲しいではぼくのわがままですよね」                                                                                                                                                       「それがすでに恋心でしょ」                                                                                                                                                                                 「いや~、ちょっと違うんですよ」                                                                                                                「解かる気がします」                                                                                                                        「そう仰ると思ってました。仕事でチーム組んでたんですものね。よくご存知なのよね」                                                                                            亜希の仕事上の思い出話をいくつかした。話すうちに気付いたことがある。                                                                                                         年齢が大きく違う女性への執着は、それ自体失われたもの、過ぎ去った時間、再現不可能な若かった自身への郷愁であり、老いへの自覚であり恐怖なのだ。高志はどうだったのだ。高志の撤退、亜希の行動は何を物語っているのだろう。                                                                               人は生まれて来る時代と社会を選べないのだ。

携帯電話が鳴った。黒川からだ。                                                                                                      「おい、交差点に居るよ」                                                                                              「どちらから来ました?」                                                                                                               「打合せしていた事務所からだよ」                                                                                     「それは分かってます。いまどちらを向いています」                                                                                                                           「もちろん前を向いているよ」。 ん?                                                                                                    東西南北どちらから来たのかと問うているのだが埒があかない。                                                                 「いえ、何が見えます?」                                                                                                        「道路と車とビルが見えるよ」                                                                                         どうにもならない。窓を覗いた大空が黒川を見つけた。                                                                   「居る居る、ほらあそこに」                                                                                                見ると、黒川は北東の角にポツリと立ち喫茶店はそちらだろうと見当を付けてか、飲食店が並ぶ北方向を覗っている。裕一郎たちが居る店は南東角のビルの二階だ。つまり、黒川は交差点を隔てて店に背を向けている状態だ。黒川が振り返り信号を渡ればいい。                                                                                                 「黒川さん、まん前ですよ。こちらから見えますよ。百八十度回って下さい」                                                                     いいよ、と言って黒川は左へ九十度回って、西を向いた。                                                                             「いえいえそれでは九十度です。あと九十度回って下さい。」                                                                                                                                                                           黒川は、今度は百八十度回った。東を向いている。困ったジジイだ。計二百七十度回ったわけだ。                                                                                                                        「えーっと、そうですね・・・右向け右して下さい」                                                                                         黒川は、ようやく裕一郎たちが居るビル方向を向いた。                                                                        「信号の向こうに見える、二階に喫茶があるビルです。見えるでしょ」                                                                                                                                    「ああ見えるよ、目立たないビルだけど。九十度だ百八十度だとややこしいことを言わず、最初から回れ右とか右向け右と言えばいいんだ。君は道案内がすこぶる下手だなあ」                                                                                     「ハイハイ、すみませんね。その横断歩道を渡って下さい」                                                                                        「いま信号は、赤だ! 君はぼくを殺す気なのか。」 ギャフン! 

                                                                                                                                                  

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