連載⑯: 『じねん 傘寿の祭り』  二、 ふれんち・とーすと (3)

二、ふれんち・とーすと ③

 黒川が「物件を案内しようか?」と乗り込んだ助手席で、右だ左だ真直ぐだと指示を出す。園へ来るとき走った道だ。                                                                                                                               「来るときに走った道ですね」                                                                                                                                          「分かるのかね、勘がいいねえ。さすがドライバーだ。この道はひろしがバスで通る道じゃないんだ。ひろしが使っている路線はまわり道をしやがる。うちから園に行くには、本来この道が正しい道なのだ。」                                                                                                                                                                                                                                                                 正しいとは黒川らしい言い分だが、まわり道の側にも言い分はあるだろう。公共機関や商店街、住居密集地を通れば、結果としてまわり道になるのだろう。今走っている道の両側には、それらしき気配は無かった。                                                                                                                                                                                        ユウくんのバス通園は、自宅最寄のバス停から園直近のバス停へという路線を選択している。それはこの道ではなくグルリと遠回りとなる路線だ。バスに乗っている時間は五〇分近くにもなるという。遠まわりにならない路線、つまり今走っている道、それは園側のバス停が園から一キロも離れた所にある。黒川は迷ったが、その一キロの道の危険を考え乗車時間五〇分近いまわり道になる路線を選択したという。バス停から園までの一キロの危険は、道が狭く、車とすれ違いう際の危険、特に雨の日の傘による危険と、同じく雨の日に車がハネ上げるドロ水だと言う。選択した路線のバス停は園の目の前だ。なるほど、選択は賢明だ。

 黒川の懸念を余所に、ユウくんはバス通園を楽しんでいた。交通機関に乗るのが大好きなのだ。裕一郎も昔、祖母が住む父親の実家へ向かう時に乗る、大阪梅田から近鉄上六までのタクシー乗車を楽しみにしていた。そこへ行ったところで、小遣い銭にありつける以外楽しいことが待っている訳ではない老人の住まいになど行きたがらない幼児を、父母はそのタクシー乗車を餌にして連れ出していた。孫を連れて行かないことには、親たちも間が持たなかったのだと今では理解できる。                                                                                                                                                    ともかくユウくんは長時間のバス通園を嫌がらなかった。ユウくんは苦にしないどころか、バスに乗っている時間が長ければ長いほど有り難いとさえ思っていたようだった。そのもっとも大きな理由に黒川が気付くのは、裕一郎が去る真夏になってからだ。                                                                                                                                                             ユウくんも男なのだ。人の行動決定理由には、自覚せざる様々な要因が介在している。学者でも、聖人でも、高名な作家でも、それは変わらない。自分自身にもそれはある。黒川さん、あなたはどうです?

 国際通りの裏手の駐車場に車を停めた。通りで沖縄そばとジューシー半ライスにゴーヤチャンプルの小盛りが付いたサービス・ランチを食べた。代金を払おうとすると、黒川が「朝夕は条件に入っているが、昼飯は当然自前だね。まぁワリカンにしておくか」と言う。そうなのか?と思ったが、意地で「今日はぼくが出しましょう。よろしく料です」と二人分千六百円出した。黒川は「そうかね。では遠慮なくいただいとくよ」と爪楊枝を銜えて悠然と先に出て行った。                                                                                                                                                           店を出た黒川が国際通りをスイスイ歩いて行く。                                                                                                                                                                                   「物件を探すんですよね?」背中に声掛けすると、歩を止めて振り向いて言う。                                                                                                                                    「任せなさい。黙ってついて来なさい。君が来る前に素晴らしい物件をすでに契約しているんだ」                                                                                                                           契約? 気になるが間もなく真相が分かると思って無言でいた。                                                       「裕一郎君、驚くなよ! 何と家賃はタダなんだよ、スゴイだろう」                                                          「タダ? 信じないとは言いませんが、他に条件があるでしょう何か。ほんとうにタダなんですか、有り得ないことです。」                                                                           「売上の一〇%ということだ。売上げが全くなきゃ、タダだろう? まあ、ついて来なさい。もうそこだよ」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

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