連載⑮: 『じねん 傘寿の祭り』  二、ふれんち・とーすと (2)

二、ふれんち・とーすと ②

翌朝、先に目が覚てめすぐに台所に下りた。冷蔵庫を漁ると、野菜室にネギ・キャベツ・レモンなどがある。ソーセージ・未開封のハムがあり、ドアに購入日シールを貼った玉子がある。昨夜黒川が「パン食だ」と言ったので、パンに合うものをと思い、スクランブル・エッグとソーセージ炒めとサラダを作ろうとキャベツを刻んでいると、ユウくんがやって来た。「朝にごはん作るの?」と訊く。ん?                                                                                                                                                                        裕一郎が作ったサラダには、スクランブル・エッグを変更して用意した薄焼き玉子を細く切って混ぜてある。オイルとレモンに塩・コショー、隠し味に味醂と醤油を半サジ加え作ったドレッシングを、黒川は絶賛してくれた。                                                                                                                                                                                                                                      三人で食べ始めて、キャベツを切っている姿を見ただけでユウくんが「朝ごはん作るの?」と訊いて来た理由が判った。「朝はパン食だ」と言うのは「パンだけだ」という意味だったのだ。普段はパンにジャムまたはバター、ときに「漬物」を挟んで喰うという。調理作業が、たとえ刻むだけでもあれば、それは「ごはん」を「作る」時なのだ。なるほど・・・。

近くのバス停まで一人で行けるユウくんを送り出すと、黒川が「北嶋君、ついてきなさい」と着替え始めた。                                                                                           ギャラリー候補物件を回るにも、百貨店や同業者を訪ねるにも、車が要る。黒川はバスを乗り継いでそれをしていた。北嶋君が来た以上は車確保だな、というわけでレンタカー屋に向かった。どんな車であろうが、この際安いものにこしたことはない。しかも、沖縄の狭い生活道路・・・、だから軽であるべきだ。しかも最新の割高のものは不要、旧型で充分。が、黒川は車のデザインに凝って、ああだこうだと言い始める。反論すると挙句に言った。                                                                                                                                                                                  「金を出すのは君じゃないんだ」                                                                                                                                                  「いえ誰が出そうが無駄なものは無駄なんです」                                                                                                                                           少々険悪な空気が流れたが、軽の旧式のものを月極めで契約して事なきを得た。早速、事前の話の通り候補物件を見て回るのかと思いきや、「ひろしにが通う園を案内しておく」と来た。車のデザインに拘っていたのはこれだったのか・・・。ユウくんが通う「ひかり園」へ向かった。                                                                                                                                                          園ではちょうど園自家製のパンを袋詰めしているところで、黒川は作業室で通所者といっしょに作業していた指導員を呼び出した。                                                                                                                                                                        「ぼくのビジネスの右腕となる大阪から来た北嶋君だ。雨の日だとか帰宅が急がれる場合には、ここへも車で走って来ることになる。まあ、よろしく」                                                                                                                                                           いや、やってもいいがユウくんの送迎など聞いてないぞ。                                                                                                                                                                                                            パンは、役所ロビーの常設店で販売したり、役所の職員が一定量買ってくれるという。指導員が、園を案内してくれた。指導員が苦笑を堪えているように見えた。真新しい行き届いた園で、ユウくんも生き生きと作業している。三十分で退散した。園の駐車場へ歩くと、作業が一段落したのか指導員が気を利かせ促してくれたのか、ユウくんが追ってきた。正午近い太陽が真上に輝いている。                                                                                                                             「これ、うちの車?」                                                                                                                                     「そうだよ。これからは、北嶋さんがときどき送ってくれるぞ。嬉しいねぇ~」                                                                                                               「ぼくは、バスがいいよ」                                                                                                                 意外な反応だった。黒川がキョトンとしている。                                                                                       ユウくんの言葉に、幼き者が時に発揮する遠慮がちな気遣いだけではない、別の意志が感じ取れた。ユウくんの口調がハッキリしていたからだ。                                                                                                                         だが、裕一郎はそれが何なのか掴めたわけではなかった。                                                                                                                                                                                

 

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