映画談義: 『鞄を持った女』、イタリアン・ネオ・レアリズモの黄昏

映画『鞄を持った女』のチラシ制作。

1964年東京オリムピックの年、ぼくは高校二年生だった。美術の時間に「レコード・ジャケットか映画チラシを作る」という課題があって、授業の直前に公開から数年遅れで名画座(大毎地下)で観た61年公開のある映画のチラシを作っていた。美術の授業は週に一度、二時間続きに行なわれていたと思う。

映画のタイトルは『鞄を持った女』、主演:クラウディア・カルディナ―レ、ジャック・ペラン、監督:ヴァレリオ・ズルリーニ。夫を喪って場末のクラブで働く女性歌手(カルディナーレ)が遊び人の男に棄てられる。男の弟(ペラン)とこの女性との「よくある話」なのだが、この弟に感情移入したぼくはこの映画にエラく入れ揚げていた。出来上がった映画チラシにクラスの女子がヒソヒソ会話をしていたが、その内容は知らない。聞けばよかった、作品を残しておけばよかったなぁ~、と後悔している。briankim_1[1]

この監督が『激しい季節』で世に出た人で、本作の後『家族日誌』 『国境は燃えている』などで有名だと知ったのは、後年のことだ。

主演女優:クラウディア・カルディナーレが『刑事』のラストシーンの「アモーレ、アモーレ、アモーレ、アモーレ・ミオ♪」のメロディーをバックに、逮捕された夫が載る警察車を追い駆け続ける女であることや、『若者のすべて』 『ビアンカ』 『ブーベの恋人』 『山猫』など大物監督の秀作で有名な女優だと知るのもその後の映画三昧の日々からだ。いずれも公開当時、日本でも評価され、彼女はCCの愛称で人気を博した。

ジャック・ペランの名を目にしたのは、コスタ=カヴラス監督の『Z』(69年)『戒厳令』(72年)での製作者としてのクレジットだった。そこで、彼が左翼映画人だと知り、89年には『ニュー・シネマ・パラダイス』の主人公の中年映画監督役で、『鞄を持った女』の弟のその後に再会したような気分に浸ったものだ。まるで、映画監督になった主人公がもう一人の主人公=クラブ歌手の画像を観ているようだった。

『鞄を持った女』 は、戦後イタリア映画(1945~50年代の『靴みがき』 『自転車泥棒』 『戦火のかなた』 『ローマで夜だった』 『にがい米』なども含めたイタリアン・ネオレアリズモ)の系譜の面影を辛うじて保持している最後の映画作品群の一つだったように思う。その系譜は消えて行き、ピンク喜劇・イタリアン史劇・イタリアンホラー・マカロニウェスタンに席巻され、アントニオーニ『情事』『太陽はひとりぼっち』、パゾリーニ『奇跡の丘』『アポロンの地獄』他の「芸術派」が気を吐いたが、イタリア映画産業は斜陽へ向かう。

カルディナーレに限らずヨーロッパの大物女優のハリウッド進出(?)が試みられたが、ヨーロッパ自国での美と刃と輝きとを、ことごとくハリウッド・ナイズによって損なわれ失意に在ったと思う。カルディナ―レも同じ道を辿ったと思う。

『鞄を持った女』 はぼくを映画好きに導いた作品だが、図らずも戦後イタリア映画DNAの名残りが消え去る画期に位置していた。『ニュー・シネマ・パラダイス』の主人公の中年映画監督が、ラスト・シーンで試写室のスクリーンに映し出される、遠い日に教会に検閲カットされたラヴシーン・フィルムの数々を観るが、それは帰っては来ない戦後イタリア映画への切情だったと想う。戦後が、戦後の経済と文化が、間違いなく米主導秩序に差配されて行く時間であったことへの異論であったと想う。

 

☆文中の映画作品

『激しい季節』(59年、ズルリーニ監督、エレオノラ・ロッシドラーゴ)

『鞄を持った女』(61年、ヴァレリオ・ズルリーニ監督、クラウディア・カルディナ―レ、ジャック・ペラン)

『家族日誌』(64年、ズルリーニ監督、マストロヤンニ、ジャック・ペラン)

『国境は燃えている』(66年、ズルリーニ監督、マリー・ラフォレ)

『刑事』(59年、ピエトロ・ジェルミ、カルディナーレ)

『若者のすべて』(60年、ルキノ・ヴィスコンティ監督、アラン・ドロン、カルディナーレ)

『ビアンカ』(63年、マウロ・ボロリーニ監督、ジャン=ポール・ベルモンド、カルディナーレ)

『ブーベの恋人』(63年、ルイジ・コメンチーニ監督、ジョージ・チャキリス、カルディナーレ)

『山猫』(64年、ヴィスコンティ監督、バート・ランカスター、カルディナーレ)

『靴みがき』(46年、ヴィットリオ・デ・シーカ監督)

『自転車泥棒』(48年、デ・シーカ監督)

『戦火のかなた』(46年、ロベルト・ロッセリーニ監督、)

『ローマで夜だった』(60年、ロッセリーニ監督、アンナ・マニャーニ)

『にがい米』(52年、シルヴァーナ・マンガーノ、ラフ・ヴァローネ)

『情事』(60年、ミケランジェロ・アントニオーニ監督、モニカ・ヴィッティ)

『太陽はひとりぼっち』(62年、アントニオーニ監督、マルチェロ・マストロヤンニ、モニカ・ヴィッティ)

『奇跡の丘』(64年、ピエル・バオロ・パゾリーニ監督)

『アポロンの地獄』(67年、パゾリーニ監督、シルヴァーナ・マンガーノ)

『Z』(69年、コスタ=カヴラス監督、イヴ・モンタン、イレーネ・パパス、ジャン・ルイ・トランティニアン)

『戒厳令』(72年、コスタ=カヴラス監督、イヴ・モンタン、レナート・サルヴァトーリ)

『ニュー・シネマ・パラダイス』(89年、ジュセッペ・トルナトーレ、フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン)

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