交遊録: 雨の円山野音と 我らジジ・ババ

帰阪しており、10月20日午後、雨の中、                                                                                              京都円山公園の「変えよう!日本と世界。反戦・反貧困・反差別共同行動」の集会・デモに参加した。(参加者:500)                                                                                                                                                                                      辛淑玉さんの講演は、在特会の排外主義ヘイトスピーチに対して、「日本人の心ある先達に育てられた私」「この社会は深く豊かでもある」と返す、思わず頭を垂れてしまい、目頭がウルウル来る豊かな語りだった。あゝ、在特会、情けない。                                                                                                                                               鵜飼哲さんの講演は、例えば立川基地跡地が「昭和記念公園」と命名され、砂川闘争の記憶を消し去り天皇の「御代」を刻印する装置として年号が登場することからも見えて来る、明治~昭和~戦後を深く貫くものを、日本居住外国籍者との関係で語られた。                                                                                                                         山本太郎議員も『秘密保護法』阻止の緊急アピール。                                                                                                                                                             デモ出発時には雨も上がり、「関大校友連絡会」は今回、?~67歳の高齢者(ぼくを含む)も多いジジ・ババ隊列(20数名)。                                                                                                                                   野外音楽堂~四条通り~河原町通り~京都市役所をプラカードを持って行進した。10.20 円山野音

デモ後、恒例の呑み会(実は、ぼくはこれが楽しみ[?]の参加)。                                                                                                                                 話は弾み、「西欧近代を追いかけた明治の殖産興業・富国強兵の国つくりは、脱(奪)亜入欧のスローガンの下、アジア各国・各地域の主権・資源・民俗・文化を奪うことでなされた。当時、近代化を果たすに違う選択肢はなかったのだと言うのが、全体としての司馬史観だ」と誰かが言った。                                                                                                                          歴史に「たら」「れば」は無いけれど、その後漱石が構想した「もう一つの明治」とは、西欧を評価しつつ批判的に接取するを目指し圧倒的な西欧近代に立ち向かうに、神国・天皇・大和魂・武士道など持ち出さず確立する近代的「個人」、他国を奪うことなく達成する「近代」、西欧列強に見る覇権主義の道具となり果てた「国民国家」ではないもの・・・への文脈に於いて構想されていたと言われている。「もう一つの明治」はそこに在る。五日市憲法草案                                                                                                                今朝の「朝日新聞:天声人語」は、明治憲法の発布前、自由民権運動盛んなりし頃、西多摩の有志によって練り上げられた『五日市憲法草案』について述べている。『日本国民ハ各自ノ権利自由ヲ達ス可(べ)シ他ヨリ妨害ス可(べか)ラス且(かつ)国法之ヲ保護ス可シ』。何人も侵せない基本的人権の尊重や、法の下の平等といった近代原理を謳っている。現憲法が押しつけだと言う人びとよ、現憲法には『五日市憲法草案』の精神が脈々と生きており、それは明治以来の「民」の知恵の積み重ねだ。と結んでいる。                                                                                                               「天声人語」は、美智子皇后が、、10月20日の誕生日に当たり宮内記者会の質問に、文書で寄せた回答を紹介している。                                                                                            皇后は、『この一年で印象に残ったことの一つに憲法論議を挙げ、「五日市草案のことを、しきりに思い出しておりました」と記し、「長い鎖国を経た19世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」と結ぶ。』                                                                                                                                                                     改憲論・押しつけ論者をチクリと刺し、現憲法の普遍的価値を説いている。改憲論者が敬愛する(と称する)皇室からの発言だ。

20日の集会でも、鵜飼哲氏は言っていた。現憲法は「戦力不所持」「戦争放棄」の9条を挟んで、前1~8条の「天皇条項」と10条以降のいわば「近代憲法」という構造で構成されいる。今、9条と10条以降の危機にあってもちろん改憲反対・憲法擁護派だが、1条~8条の根深い意味を抑えておきたい、と。                                                                                                                                      美智子皇后の文書回答を当然認知していよう天皇および宮内庁は、「現憲法が9条並びに10条以降を容れるをもって、1~8条(天皇条項)を確保した」という経緯をよく承知しているのだ。

 

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