参院選を前の 元学生の「居酒屋談義」

大学に籍を置いていた時期(68、69)から40年以上経つ。1960年代末当時の仲間たちが60歳を超えた数年前、期せずして「残された時間に出来ることをしよう」と集い始め、「脱原発」「反軍事」「反貧困格差拡大」「労働諸権利の後退阻止」「改憲阻止」「橋下強権統治への反撃」などのテーマでデモ参加や・各種セミナーを開催してきた。                                                                                                                       個人史・立場・思想の違いを超え広く参集できればと、会の名称を「K大校友連絡会」とし、ぼくらジジババは集っている。デモや原発現地への行動は多いときは20数名の参加、セミナーは20~50名の参加を数えるに至っている。                                                                                                                                                                                                                          中心になって世話役をしてくれているS氏・I氏の、たぶん類まれなる仁徳もあって会は持続されて来た。 http://www1.kcn.ne.jp/~ritsu/

民主党政権の迷走、福島事故、維新現象、安倍政権の誕生、職場の権利後退、誘導された改憲世論…戦後のきしみは「戦後レジーム(体制)からの脱却」(安倍)という政権側の「大構想」として現実のものとして迫って来ている。                                                                                                                          その脱却は、ほとんどの領域(雇用形態―労働諸権利関係、教育、社会保障福祉、採算性・民営化という公共の放棄、などなど)での成果(?)を得て、改憲つまり、憲法三大原則(基本的人権の尊重、国民主権、戦争放棄)の公式放棄へと歩を進めている。                                                                                           (自民党改憲草案= http://www.yasumaroh.com/?p=16795 )                                                                                                                                                                                                                         このことへの構えは、各個人・各階層・各政党団体に、「戦後」と「戦後・後」をどう捉えるのかという根本命題を突き付けている。議会が、改憲勢力で2/3超という状況下、現実的な「多数派」形成や如何?というわけだ。CA3A4188                                                                                                                                                                                    先日、大飯原発現地行動に参加した帰路、現地坂道でヘロヘロになっての(ぼくだけのようだが)大阪着後、恒例「一杯呑み会」の席で、いわゆる「保守リベラル」を含めた「多数派」形成の理路に関して、次のような意見が交錯していた。

「保守リベラル」なるものが、例えば労働者派遣法に絡んで、例えば「労働移動支援型雇用」(金銭解雇=解雇自由型)を巡って、例えばエネルギー政策・「脱原発」に関して、沖縄の米軍基地に関して、一体どのようなスタンスで構えているか…、そこは明らかだ。「保守リベラル」への過剰な期待は幻想だ。                                                                                                                                            いや、「保守リベラル」をカウントしない陣形で、言い換えれば我が方(どこからどこまでが我が方規定なのかも漂流しているが)だけでことが進むと言うことの方が幻想だよ。昨今、我が方の後退は著しく、安倍政権が提示する国家像・社会像に対する全体構想を有効には示せていない。課題によるが、「保守リベラル」を含む「多数派」を持ち得てこそ対抗し得るのだ。

論議は、一見対立して言い合っているように見えて、①我が方の設定を巡って、②課題の設定を巡って、明確に整理して再論すれば、実は同じことを言っているのだと思う。                                                                                                                                                                   「戦後」というものが、良かれ悪しかれ「保守リベラル」なる勢力(いや「空気」のような合意)と、自民党改憲派との都度の政権交替劇によって推し進められたことも、中曽根「戦後政治の総決算」以来、双方(自民内交代劇政権側、我が方側)から「それではダメなんだ」と宣言されて来たことも間違いない。今、安倍政権の側は「戦後・後」ヴィジョンを明確に示した。つまりは、「日米軍事同盟」を基本にした「集団的自衛権行使するアジア覇権国」、それを可能にする「改憲を含む国内体制の整備」と定めた。では、                                                                               こちら側は民主党政権という「改憲派から旧社会党勢力まで」のゴッタ煮政権の数年を挟んで、安保・憲法・教育・雇用労働法制・原発・社会保障・福祉・人権・基地・沖縄を巡る漂流の中で、対抗「全体像」を示せているか?う~ん、できていない。                                                                                                                                            かつて、田中角栄は「ワシらが改憲に舵を切れば、そうなっちゃうんだよ。左翼諸君!」と挑発的に豪語したが、その発言の当否は別にして、その当時に比べ、田中氏が言う「諸君」の勢力・陣形が漂流し、社会的波及力が低下しているのは客観的事実だ。田中角栄の言辞の重さを想う。                                                                                                   課題によっては、「保守リベラル」を含む「多数派」を形成せずして勝ち目はないと思うがどうか?

自民護憲派

(お若い閲覧者へ。人名:左から宇都宮徳馬、宮沢喜一、後藤田正晴、武村正義、河野洋平、田中秀征、白川勝彦、野中広務)                                                                                                                  宇都宮徳馬⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E5%BE%B3%E9%A6%AC                                                                                                                                                                                                  かつて、自民党内に居た護憲派(?)の後継者はもういないのか…。さすれば、小泉~安倍の期間に失せたのか? その期間こそは、新自由主義・新保守主義集団の自民党内クーデターによって、自民党内不純分子(と彼らが考えていよう人々)無き保守党陣形を完成させたと言えようか?                                                                                                     「保守リベラル」云々を語る前にそれは自民内から放逐されたと見るべきかも。内容を問うことなく、民主党勝利・民主党政権誕生を喜んでいる裏で、このこと(保守リベラルの自民党からの追放)が小選挙区制の成果(?)だとほくそ笑んでいるのは誰だ?                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        参院選後、安倍政権は悲願の「集団的自衛権行使」(解釈変更による)へと歩を進め、「戦争する国」のカタチを作り、次いで議会情勢と世論を見ながら仕上げへと、つまり戦後社会の原則の公式放棄=「改憲」へと進まんとしている。「保守リベラル」談義の核心も、「我が方」の定義と問われている課題の冷静な明確化、によって自ずと見えて来ると思いたい。

いずれにせよ、元学生・現在60代半ばのジジババ居酒屋論議にも、それぞれの40数年の各所(例えば小さな職場での孤立無援の多数派形成の労苦、限られた地域での市民的要求実現の難儀など)での経験と蹉跌に照らした、自分の言葉が滲んでいようことは理解できた。

 

 

 

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