【奇妙な寄合い】~国境・民族を超えて~
デンマーク人(90年代半ば日本在オーバーステイの元イラン人):カミ・ニルソン51歳。
在日朝鮮人二世(浪速の歌う巨人パギやん):趙博61歳。
「アジール空堀」世話役(25年前、カミの雇用主):橋本康介70歳。
日本人(国籍取得 元イラン人、京大卒、貿易商):ムハンマド・シャジャリ60歳。
*シャジャリ氏とは、清真人氏の紹介で30数年前に知り合った。

1977年スタートしたワシらの労組自主経営事業体が、店舗設計施工という本業以外に1990年代に居酒屋・他の経営にも手を伸ばしていた時期。
93年たまたま知り合ったギリシャ人(当時の自称)を飲食部門のホール係バイトで雇用した。カームラン・タビビアンという。彼はよく働き、上司にも仕事仲間にもお客さんにも好かれ1年強働いた。ギリシャ人の自国呼称:エリニキを知らず、他国の者だとワシにバレた。訊くと、オーバーステイのイラン人。当時20代後半のイケイケ外人。
書き切れない量と事情のいきさつを経て、ワシらの事業体を去って数年後、ワシらの本業と関連事業が破産(98年)したころ、自ら入管へ出頭し自費でイランへ帰国した。
2014年2月、ワシの携帯に彼から電話。何と、デンマークから。デンマーク国籍取得を目指し「語学」「社会常識」のスクールへ通い、政府指定の作業をして住居と給与が与えられる。
2015年に「たこ焼き」「お好み焼き」「焼きそば」のレシピ研究だとかで来日。その時はあと二年で国籍取得だと言っていた。今、デンマークでは国籍取得スクールには圧倒的にシリアの人が多いという。う~ん・・・。
その彼が先月の彼の懇願に応じて発した、ワシの「招請状」「身許保証書」で、またまたやって来た。今回は「寿司を知りたい」だ。あと数か月で国籍取得らしい。どうなることやら・・・。
で、顔の広いパギ、イラン人保護の通訳もしているシャジャリ氏(カミの相談役を押し付けた?)、ワシ、カミの会となった。ミナミのゲストハウスに投宿するカミの支援を話し合った。
趙さん、シャジャリさん、お忙しい中ありがとう!

Ken Luckbook

おー懐かしい!シャジャリさん。彼の兄も一緒に北新地で飲みましたね。シャジャリさんとは数年前まで年賀状を交わしていましたが・・・カミがいた南のバーに行もきましたね。もう20年になりますか・・・?

 

橋本 康介  研ちゃん。

諸事情(言葉の問題、他のバイトとの行き違い、その他)で、ワシらの企業を辞めた後、彼独特の「人懐っこさ」を武器に「支援者」を得てミナミの小さ店舗を「又借り」できて、開店したのが何と「ギリシャ・バー」(笑)。壁にはエーゲ海の碧と海岸崖の白い建物の絵が掛かっていたねぇ。まぁ、インチキと言えばインチキだが「エーゲ海気分」でカクテルでも呑んだ客は別に不快には思っていないだろうから「OK」なのだ。

トマトとルッコラ(かな?)とキノコにチーズがたっぷり入ったギリシャ・オムレツというメニュウもあって、なかなか美味しかった(笑)。

ワシは実のところ、不法滞在だった彼の知恵と工夫を全く怒ってはいない。尻拭いした案件(**関係、ヤバイこともあった)も多少はあったが、むしろ出会いに感謝している。けど、ギリシャに詳しい客が来たらどうすんの?と不安だったなぁ~。