たそがれ映画談義: 夏(7月19日)、原田芳雄5周忌

夏(7月19日)、俳優原田芳雄(1940~2011)が71歳で逝って早や5年になる。

原田が演じた「命」「輝き」「死」を巡っての二つの映画を想う。

夏前に、原田の5周忌として、「アジール 空堀」で『火の魚』上映会しようかな、と考えている。ご同意の方、通信下さい。

 

【われに撃つ用意あり】(1990年公開)

先日、CS放送が若松孝二監督:『われに撃つ用意あり』(原作:佐々木譲「真夜中の遠い彼方」)、を放映していた。映画公開から何年か経った1997年に観た。今回、約20年ぶりに観たことになる。

原田芳雄・桃井かおり・石橋蓮司・蟹江敬三・西岡徳馬・小倉一郎・齋藤洋介・佐野史郎・麿赤児・室田日出男など、「なるほど」(1970年前後を彷彿とさせる?)の面々が出ていた。1990年公開とある。

観た当時は、桃井には何の責任も無い彼女の「70年前後」っぽい(と世間が思っている)雰囲気と、彼女の態度やセリフが気恥ずかしく・白々しくて、好きな映画とはならなかった。云わば「当事者ではない者」による虚構臭がしたのだ。

全共闘として60年代末を闘い、仲間たちや元全共闘の群れから離れ歌舞伎町で飲み屋を営む主人公:郷田(原田)。世を棄てているのでも昔の仲間とは違うと力んでいるのでもない。云わば自分には、「あれ」以降を上手く生きることが出来なかった。ただ、それだけだ・・・、と思っている風だ。事実、今夜で閉店という店に、今日は昔の「仲間」が集って来ている。店に連れて来た教え子たちに嬉々としてかっての「68年武勇伝」を語る予備校教師、ベトナム難民救済運動に力を注ぐ事であの時代との接点を持ち続けようとする都議会議員、バンコクでの買春を自慢げに語る広告代理店社員、如才なく事業展開させている不動産屋、新聞配達で生計を立てている巨人ファンの男、そして、主人公のかっての同志で恋人だった雑誌編集者:桃井・・・。郷田は彼らを羨むことも蔑むことも無く、淡々と付き合っている。

その営業最終夜、追われて息咳切ってその店に飛び込んで来たのは、タイ領内の難民キャンプから来たベトナム人の少女。人身売買のヤクザを射殺し追われているという。郷田は彼女を助け匿う。

密入国・・・、警察への通報とは行かない。撃つ覚悟を持ってしか対峙できない相手は、新宿を牛耳る暴力団と香港マフィアだ。「あれ」以降、郷田が沈黙し行動停止して来た何かに炎が灯る。それぞれの対応に、それぞれの現在が映し出されるという「分かり易い」色分けだ。

68年10.21の映像が何度も流れる。これは、新左翼運動史を綴ったドキュメント映画「怒りをうたえ」からの引用だ。

「あの時代をどう総括し、どうオトシマエをつけたのか? 若気の至りとばかりに社会人として成功する者、拘り続けて取り残される者、いかにも、と思えるそのコントラストの描写が見事だ。」と映画解説チラシにあったが、当時「そうなのか?」と違和感を抱いた。勝ち組(俺たちは現象的には負けたとしても、その根本において、その精神性において「勝った」のだとして総てを見ている、ワシとは違う人々。)の匂いがした。

桃井の「それっぽい」風貌や語り口はともかく、仰々しいスジ立てや派手な立ち回りの物語に辟易したのだ。桃井が、仕事や立場や女性の現実的条件を顧みず、暴力現場の「道行き」に同行決行の姿は、活劇を超えマンガだ。物語のリアリティ(が在るとして)を損なわせている、と想った。

 

何故ここには、ある種の労働現場性・現業性・日常性の中で、なお「我らの隊列」を模索しようとする人物が不在なのか?

何故、このような「撃つ」用意だけが、我らに欠けていた・我らが確保すべき「用意」だと思うのか?

その非日常への過剰な傾斜・想い入れが、逆に「当事者でない者」による虚構臭の核心ではないのか?そう想って観ていた。

この作品を観た97年当時、ぼくは1977年に始めた労働争議の果ての職場バリケード占拠・労組自主経営企業の、経済的断末魔の中でこれらのクエスチョンを抱いていた。(1998年に労組自主経営企業は、20年強の悪戦の果てに破産する)

今回観て、ふと先年見た原田の準遺作『火の魚』を想った。

 

『われに撃つ用意あり』1990年、原田50歳時(1940年生まれ)、命のやり取り、ハードボイルド(?)。

『火の魚』2009年、原田69歳、死の2年前。若い編集部社員:尾野真千子とのやり取りが映し出す「いのち」「死」「輝き」・・・。

原田は自身の癌を知っていたと言われている。

原田芳雄 FB投稿

 

 【火の魚】(2009年初放映TVドラマNHK広島)(文は、2013年ブログより)

『大鹿村騒動記』(おおしかむらそうどうき)が、2011年7月16日公開され、

公開3日後の2011年7月19日に原田が死去したため、この「大鹿」が彼の遺作だ。

が、ぼくは2009年初放映のNHK広島局の『火の魚』が遺作と呼ぶにふさわしいように思っている。

2009年 NHK広島放送局制作。ギャラクシー賞・イタリア賞・放送文化基金賞など多数受賞。

広島の小さな島から届けられる物語。テーマは「命の輝き」。

先日、原田芳雄の二周忌だった。彼の最晩年のTVドラマ『火の魚』(2009年)の再放送を観た。クレジットに原作:室生犀星とあった。原作は1960年の作だというが、時代を現在に移したシナリオに違和感はない。違和感がなく今日の視聴者に届くというそのことに、何かの可能性と作者の「力」を観た想いがする。

初老の元人気作家:かつて直木賞も受賞した自称文豪村田省三(原田芳雄)は、故郷の島へ帰って単身で暮らし、奇行(?)から「変人」扱いされ嫌われ者として作家活動を続けている。ある日、出版社から原稿を取りに編集者:折見とち子(尾野真千子)がいつもの男性編集者と違っていたことを、出版社に軽んじられたなと激しく立腹する。若い女性編集者を、見下し小バカし、偉そうに命を語り、人生を説く。彼女がかつて子どもたちへの影絵人形劇に取り組んでいたと聞くと、島の子どもたちにしてやれと強引に指示する。折見の側も怯まず、村田の直木賞受賞前後以降の作品は「なまけている」し「売文」だと内角直球の辛辣批評。連載中の作品に対しても、作品に登場する「金魚娘」を酷評し、「描かれている女性はカラッポでいただけない。メイド喫茶のメイドのようだ」と抗議。メイド喫茶を知らず「冥土か?」とたじろぐ村田が「お前、俺の作品を読んではいないんだろう?お見通しだ。」と返すが、折見は村田の全作品すべてをキッチリ読み込んでいた。

次の連載分を受取りに来た折見は、「金魚娘」の死と連載終了を知らされる。村田は「お前のせいで金魚娘を殺したんだ」と嫌味を言う。彼女が「魚拓作りは得意なんです」と漏らすと、すかさず単行本化に備え表紙を作ろうと言い出し、表紙画に金魚の魚拓をと、執筆机の金魚鉢の金魚の魚拓を作らせてしまふ。歳を重ね「ふんべつ」盛りでもある(はずの)村田は、度重なる無理難題要求の末に、意地悪く明らかに筋違いの悪ガキの「好きな子虐め」のような、「金魚娘殺し」(?)への報復遊戯の挙に出るのだった。

金魚に薬品を注射し「いのち」を絶ち魚拓を作る、そのシーンの原田と尾野の息詰まる演技は圧巻だった(これは性的関係願望の代替行為だ、と某ブログにあった。が、そう言い切ってしまっては、ここの想波の屈折からは離れてしまふ)。 これは「師弟愛」なのだ。

尾野の頬をつたう涙…。

日が経っても表紙の完成の知らせが無いことに苛立つ村田は、出版社に催促の電話を入れ、意外なことを知らされる。女性編集者折見は入院中だった。しかも再発による再入院だ。

慣れない花束を抱えて、9年ぶりの上京を敢行して都内の病院へ見舞いに行く村田。抗癌剤の影響で脱髪して帽子を被った彼女との、病院中庭でのラストシーン、その遣り取りに凝縮する、初老男の悔悟・恋情、死に向かう若い女の誠実な「生」・その秘やかで毅然とした矜持……大作家を向こうに回して全く怯まない折身さん…。

尾野真千子さん、ホントに見事だった、素晴らしい。原田芳雄はいつも通り「ぼく好み」だった。

「先生がそんな大きな花束を持ってかれこれ2時間も座っておられるせいで、病院中の女が色めき立っております。」

「折見・・・悪かったな」

「何のことでしょう?」

「すべてだ。気の進まない人形劇をやらせ、年寄りの愚痴を聞かせ、金魚を殺させ…」

「先生。私、今、モテている気分でございます。」

「あながち、気のせいでもないぞ。」

若い者の癌。半年か、数年か…やがて折見は絶命するのだろう。

脚本:渡辺あやさん、素晴らしい!

 

『われに撃つ用意あり』(原田芳雄49歳、若松孝二53歳、佐々木譲40歳)の後半のある種の軽さや擬ハードボイルド調展開への違和感は拭えないのだが、『火の魚』を思い出したからか、「死生観」や自他の「いのち」に向き合う固有のハート・時代を生きるある誠実を思った。二つの映画を足して二で割れとか、その中間に答えが在るとか、そう言いたいのではない。異なった位相に棲む心の振幅を二つながらトータルに感得するところに、ぼくの「撃つ用意」を築きたい、そう思ったのだ・・・。

 

 

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