保坂展人  「原発再稼働」の倫理を問う新潟県知事の覚悟

朝日新聞デジタル 7月10日(水)12時26分配信 より転載

7月5日、東京電力の広瀬直己社長が新潟県の泉田裕彦知事を訪ねて、「柏崎刈羽原発の原子力規制委員会への再稼働審査申請」への理解を求めたところ、物別れに終わったというニュースが大きく伝えられています。新潟県知事VS東電
 3日後、柏崎刈羽原発の再稼働申請は見送られたものの、北海道電力(泊1、2、3号機)、関西電力(大飯3、4号機、高浜3、4号機)、四国電力(伊方3号機)、九州電力(川内1、2号機)の10基について、原子力規制委員会に再稼働申請が出されました。
 参議院選挙が公示された後、梅雨明けの猛暑とともに伝えられてくるのは、福島第1原発事故の記憶が消えたかのような動きです。「経済成長のために原発再稼働やむなし」という原発回帰の流れが強まっているように見えます。
 新潟県の泉田知事は、原発再稼働を容認する他の原発立地県とは一線を画し、「再稼働の倫理」を問うています。237万人の県民の生命と健康をあずかる首長として、覚悟を決めた勇気ある指摘だと感じます。
 ところが、厳しい基準をつくり、公平に「原発の安全性」を判断するはずの原子力規制委員会の田中俊一委員長の発言には耳を疑いました。田中委員長は3日、泉田知事について、こう述べたというのです。
「他の自治体が納得しているなか、かなり個性的な発言をしている」
 規制委員会のトップが、原発再稼働の流れに同調しない泉田知事を記者会見の場で「個性的」と評したことは、中立であるべき規制委員会の公平性が揺らぎかねない発言だと思います。
 田中委員長は、泉田知事のどの発言を「個性的」と評しているのでしょうか。その4日前に、毎日新聞が泉田知事のインタビューを掲載していました。少し長くなりますが、重要なので引用します。

〈知事は新規制基準について「福島第1原発事故の検証・総括なしに、(設備面などに特化した)ハードの基準を作っても安全は確保できない。新規制基準は、残念ながら国民の信頼を得られない」と批判。
 規制委についても「地方自治行政のことを分かっている人間が1人も入っていない」と指摘、緊急時の住民の避難計画などに関し規制委が県の意見を聞かなかったことを問題視し、「こんなデタラメなやり方は初めて」と厳しく批判した。
 7月8日に施行される新規制基準についても「(原発立地自治体の)県の意見に耳を傾けずに作られた。外部に説明するつもりのない基準など評価に値しない」と切り捨てた。
 また、万が一過酷事故が起きた際、現行法では、事態の悪化を防ごうにも放射線量の高い事故現場へ作業員を出せないことを課題として指摘。「現行制度では法律違反で誰も行かせられないが、放置すればメルトダウン(炉心溶融)が起きる。そういう問題への対応も用意しないと、事故を総括したことにならない」
 と述べ、政府にも法的な整備を求めた〉(毎日新聞)

 これが、規制委員会の田中委員長が「個性的」と切り捨てた泉田知事の発言だとしたら、「地方自治行政のことがわからない」ことを自ら裏付けたようなものではないでしょうか。とりわけ緊急時の「住民避難計画」は自治体の責任と判断に帰すもので、原発で重大事故が起きたら、首長は瞬時に決断を迫られるのです。
 目をこすってみたくなります。
 2007年、中越沖地震により、柏崎刈羽原発の変電施設が黒煙をあげて炎上しました。そればかりでなく、点検中の原子炉の蓋がずれたり、建屋内のクレーンがへし折れたり、使用済み核燃料プールから大量の水が漏れ出したりしたのです。この事故は、次なる重大事故を事前に防ぐ措置をとるための大きな教訓を示していました。
 しかし、4年後の2011年、福島第1原発事故が起きてしまいました。国際原子力事故評価尺度(INES)では、チェルノブイリと並び、最も深刻な「レベル7」。2年たった今も、事故の影響はさまざまな形で尾を引いています。
 この事故はなぜ起き、なぜ防げなかったのか。それが十分に検証されたとはいえません。そうしたなかで、ふたたびメルトダウンの危険のある重大事故が起きたら、どう対処するのか。
「被爆の危険の大きな現場に作業員を派遣すること」は法令で禁止されていますが、一方で、だれかが現場に行かなければより大きな被害をもたらすという事態が想定されます。そのための法整備も行なわれていない、という泉田知事の指摘は、県民の命をあずかる首長としてきわめてまっとうなものだと思います。
 私が泉田知事の名前を聞いたのは、震災直後に「陸の孤島」となっていた福島県南相馬市の桜井勝延市長からでした。泉田知事から直接電話があり、避難を希望する南相馬市民のためのバスを差し向け、県内に受けいれる、と申し出てくれた、というのです。今回の発言も、そうして福島第1原発事故に正面から向き合う姿勢を持っているからこそ出てきたものだと感じます。
 参院選での関心は「経済」、そして「衆参のねじれ解消」との報道が続いています。仮に経済という視点で見たとき、福島第1原発事故がどれほどの打撃を与えてきたでしょうか。また、15万人もの人々が住み慣れた故郷を離れて、見通しのない避難生活を続けているのです。
 猛暑とともに、ボロボロになったはずの「原発神話」を修繕し、再稼働ありきでひた走ることを「仕方がない」と追認するわけにはいきません。新潟県の泉田知事の毅然とした発言は、私たちが2度と同じ過ちを起こさないために福島第1原発事故から学ぶべき「倫理と覚悟」を伝えています。
 このままでは、「3・11」前の電力業界の既得権は温存され、原子力ムラが復活し、報道管制の縛りが強まるばかりです。福島第1原発事故から何も学ばない社会を、子どもたちに見せたくはありません。
 猛暑の中で続く参院選。「再稼働の可否」をめぐる議論ができる大きなチャンスととらえたいものです。
(朝日新聞デジタル〈&w〉)ph2[1] 

保坂展人(ほさか・のぶと)                                                                                                              
1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。                                                                                 高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、                                                                                                                             1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03~05年除く)務める。                                                                                                                        2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。

 

 

 

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