連載 82: 『じねん 傘寿の祭り』  エピローグ (3)

エピローグ③

明日九月八日と聞いたが、一日前倒ししたのか。                                                                                   四十Mほど先を、国道に面して延々と続くフェンスに沿って歩く黒川が見えた。ここは何処の米軍何基地だろう。黒川が往く前方二百五十Mには基地の正面ゲートがある。黒川は何故か白衣を着ていた。両ポケットが膨らんでいる。                                                                                                                                                          黒川の生母の親戚筋、生母の友人知人の遺族、あらゆる情報源を探り生母を特定した探偵社の、調査の女性:謝花晴海が言った。                                                                                                                        「視て、あのポケット。手榴弾だと思う。黒川さんが入手したと電話で言っていた手榴弾じゃないかな。真偽の程は怪しいのですが、本人は、集団自決=強制集団死の地の遺族から手に入れたと言ってたんです。事実だとしてももう発火しないとは思われますが・・・」                                                                                            比嘉が「いかん走り出したぞ」と追い始めた。比嘉に続いて、晴海と、晴海が連れてきた女性、裕一郎、計四名が一斉に走り始めた。                                                                                     気付いた黒川は速度を上げようといているのだが、時々咳き込んで立ち止まり、速度はかえって鈍る始末。距離にして六~七十M、時間にして二十数秒だろうか、四人は黒川に追い付いた。                                                                                             「止めてくれるな。突入する。突入して墓まで行くんだ。そして母に会うんだ」                                                                                          比嘉が分厚い手で黒川の手を掴んで言う。                                                                                                                                                       「何を言うとるのか!ジイさん。突入なんて出きゃせんぞ。しかもポケットの怪しげなものを振りかざしたりしようものなら、たちまち殺されるぞ!」                                                                                                                                                                         「もうこの歳だ。命の閉じ方は承知しておる」                                                                                                                                黒川が身体を揺らして地団駄を踏んでいる。

一人の老人を初老の男女が四人がかりで、まるで取り押さえているような光景は確かに異常だ。通りかかった県警のパトカーが、窓を開け速度を落として様子を伺っている。晴海が「父です。何でもありません」と言い、黒川も笑顔で顔の前で手を左右に振った。パトカーは行き過ぎた。                                                                        黒川はゼイゼイと呼吸している。患っている心臓は大丈夫だろうか。裕一郎がその心配と「ユウくんのことはどうする気なんです?」とを言おうとしたとき、突然黒川が五人の目の前にある高い網状のフェンスに向かって突進した。柵を越えフェンスに手をかけた。よじ登るつもりなのか? 上部の線には高圧電流が流れているんだぞ!                                                                                                               黒川の背に向かって、裕一郎と晴海より十ばかり年長の、晴海が連れてきた女性が始めて口を開いた。大きな声で言う。                                                                            「黒川さん、黒川自然さん。私は貴方の妹かもしれないのです。」                                                                    黒川が振り返った。                                                                                                          金網フェンスの揺れを激しく感じた時、

裕一郎は機体の揺れに目覚め、シートベルト装着を促す機内放送を聞いた。                                                                                            夕刻那覇空港に着き、到着ロビーを歩いていると比嘉から電話がかかってきた。四階の喫茶レストランに居ると言う。やはり空港まで来てくれたのだ。来るのは比嘉だけではないような気がする。                                                                                            レストランに行くと、滑走路を見渡せる窓際に比嘉が居た。薄いファイルを読んでいる。謝花晴海の報告書だと推測した。                                                                                                    「おう、裕一郎。朝電話のあと調査の謝花さんに電話して会って来たよ。ジイさん、お前が松下亜希さんから聞いたのと同じ脅しを謝花さんにもしていた。突入とか手榴弾とか言ったらしい。自分には時間が残されていないと思い詰めているんや。脅しのパフォーマンスだとしても捨て置けない。彼女はジイさんを説得する一方、ジイさんの妹に当たる人赤嶺百合子と言うんだが、その妹に伝え、赤嶺家が正式に認めるよう再度説得したらしい。謝花さんも、赤嶺百合子さんも、そしてジイさんもここへ呼んである。間もなく来るだろう。ワシは戦争で父親を失った。年老いた母ももう長くはない。村で軍への志願を率先して説いて回ったという亡き父親との対話が、ワシの原点や。じゃから、ジイさんの言う『決着を付ける』という想いは共有できるんじゃ。」                                                                                                                                              比嘉から晴海の最終報告書を受け取り目を通した。

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