連載 78: 『じねん 傘寿の祭り』  八、 しらゆりⅡ(5)

八、 しらゆりⅡ⑤

石垣島三泊のうち二泊した民宿は川平湾に面している。                                                                   川平湾に在るダイビング教室に参加して、若い男女に混じって海に潜った。午前中に初心者講習を受け、午後からインストラクターに先導され、短時間ではあったが初めて巨大なマンタを眼前に見た。真上のマンタは八畳はあろう大きさで、初めてのダイビングにパニクっている初老男を見守るように悠々と往く。海の中で一種の閉所恐怖症状態の裕一郎は、その偉景を味わうことも出来ず、見下ろしている大きなマンタの慈愛の眼差しを感じながら己の矮小さを噛み締めていた。

その日の夕刻、民宿のベランダで爽やかな凪風を受けて目の前の湾に見惚れていた。食事を待ちながら泡盛をチビリチビリやっているところへ携帯電話が鳴った。                                                                                                     「黒川さんのギャラリーがオープンして任務終了、引き上げるんやてね。ご苦労さまでした。今日焼物が届いたよ。高志がたぶん報酬の現物支給だと言ってるけど」                                                                                 「それ開けてくれ。値段調べてそういうの好きな人、つまり買手やな、買手を探してくれよ。適正価格で売りたい」                                                                                                                                「どんな作品?」                                                                                                                                                              「知念太陽の作品や。昔、太陽の工房が火事に遭って、その時焼け残ったものらしい。黒川さんは高く売れると言うとる」                                                                                                                                                                     「ホント? けど、有名なタロウのものならともかく太陽は若いし、いくらいわく付きの品でもまだまだ高値は付かないと思うよ。(ねぇ、そう思わん?)。高志は黒川さんから何回か太陽の焼物買っているけど、二~三万だったよ。それに少し色つけて・・・てなところでしょ。現物支給を納得させる黒川さんの巧みな戦術と違う?(あの人らしいね。黒川さんに乗せられたんやね)」                                                                                                                      受話器の向こうに高志ではない誰かが居るようだった。                                                                                                      「そうか・・・、そうかも分からんな。ジイさんの戦術にやられたかもな。彼も必ず高く売れるとは言ってないんやけど…。まぁ、買手探してみてや」                                                                                                                                                                                          電話の主が聞きたいのは届いた焼物の事以外にあると分かっていたが触れずに、ギャラリー開設に至る話の一部をしばらくした。その触れず避けた話題を玲子が訊いて来る。                                                                                             「沖縄で高志の会社の元社員の人に会ったそうやね」                                                                                「ああ。黒川さんのギャラリー作りに協力した土産物工房で働いていた。その関係で何度か会うたけど」                                                                                              「元気にしてはった?」                                                                                                       「ああ、元気やで。昔居た団体に戻るそうや」                                                                                                  「ふ~ん、そう。」                                                                                                                                        話題を変えようと思うと、その元社員の女性から聞いた出来事、大学前駅の三十数年前のシーンについて話していた。憶えてるか?あの駅前、君の部屋へ行って食った野菜炒め・・・。                                                                                        「あの時、高志は君と俺が待ち合わせてたと思うてるらしい。俺はてっきり君は高志と待ち合わせてると思うてたよ。そうやないんやね」                                                                                                                                                                                                                                                                                                            「えっ、アハハハハ・・・・。憶えてるよ。映画観に行く約束で友達を待っていて、三十分も待たされて帰ろうと思ったら、あなたらに遭ったんよ。その友達、ウッカリ忘れ多い人なんよ(えっ?何言うてるのそうやんか)」                                                                                                                「へぇ~、そうやったんか。高志に言うてやれや」                                                                                                                                                                                                                                               「ええよ言わなくて・・・今さら。あんたと待ち合わせてたということでええやんか。(ほら、大学前駅で三十分もあんた待ってたのに来なくて、高志と裕一郎に会ってうちでご飯したって言うたでしょ。あれ、私が待ってた相手、高志は裕一郎だと思い、裕一郎は高志だと思うてたんやて。アホやね、あの人ら・・・。訊けばええのに・・・。)その話、高志がそう思うてるって話、それ本人が言うてるの?誰かから聞いたん? まぁ、ええわ。あのね、あの時待ち合わせてた人、偶然いま隣に居るんよ」                                                                                                        「はあ、誰?」 電話に出る出ないの押し問答が聞こえた。                                                                                                                                               その人物に受話器が渡って、電話の声の主が変わった。「生きてるんかいね?」

Leave a Reply

Search