連載 75: 『じねん 傘寿の祭り』  八、 しらゆりⅡ (2)

八、 しらゆり②

翌日、裕一郎は園を休んだユウくんとともに比嘉の後輩の議員を訪ねた。ユウくんに週一回の付き添いを介護保険の範囲で確保できる手続きを取ろうとなった。帰宅して黒川に伝えよう。たぶん納得するだろう。議員は、黒川の居住地の担当窓口を教えてくれ、月曜日に連絡を入れておくと言ってくれた。上手く運ばない場合、いつでも駆けつけると、聞いていた通りの穏やかで誠実な対応をしてくれた。

昼から比嘉のアトリエを訪ね、ユウくんがシーサーの仕上げに熱中した。                                                                                               帰り際、比嘉が言う。                                                                                                                 「裕一郎。ジイさんは理不尽だ、俺は間違っていないと思っとるんか?」                                                                                                        「いいえ、同じ土俵でジタバタしてると思うてます」                                                                                                      「なら、ワシの話も聞けるじゃろ」                                                                                       ジイさんの求めに応じて普通の男には出来ないようなメシを作り、了解を得てユウくんを海へ連れて行った。良かれと思って、二人で夜の居酒屋に行きユウくんに居酒屋体験を提供した。それは大きくは善意だろう。まぁ便利屋じゃな、ジイさんがお前さんのその便利さに甘えて色々要求したのがスタートだとしても、お前はその要求に長期間応えられないと解かっているのだから断るべきなんじゃ。ジイさん独りで続ける生活に将来繋がるような提案やサンプル提示をするんじゃのうて、お前がせっせと便利屋しとったんではアカンのじゃ。                                                                                                                                                                                  「ええ・・・」                                                                                                                                       「ジイさんは彼なりの智恵を動員して引き止めようとしたんじゃろが、どうやら諦めたようじゃのぉ。ええかい外から来た黒川親子でも沖縄に深く縁ある者じゃ。黒川さんは沖縄の現代史の一側面を身に刻んで生きた人じゃ。お前は沖縄という物語の第一章の第一ページの数行を読んだんや。先を読む気はあるか?」                                                                                                                                            「たぶんあります」                                                                                                                    「よっしゃ、それでええ、また沖縄へ来なさい。いや来れんでもええ。大阪ででも先を読める」                                                                                                           「比嘉さん、ありがとうございます」                                                                                                                     「水臭いこと言うな。あの占拠中ビルの壁の落書き忘れてへんぞ、『叛乱と自治』、株式会社ワイトラップ。社名の由来も、読み解いたぞ。Y・TRAP、逆から読めばPARTY。英語でパーティー、ドイツ語でパルタイ、日本語で党。党組織の三角形が逆になっているようなカタチ、人間集団のスタイル。お互いの夢やのぉ。けど、自治できんのなら、それは結果として、ただの勝手・我が侭や、難しいのぉ~・・・。大阪へ帰ったら、意地張らんと高志に仕事探し協力させろ。」                                                                                            「いえ、高志を卒業しなさいと、ある人に言われました」                                                                                             「それは女性じゃろ、女房か? アハハ。女房の処へは帰れ」                                                                                      「女房ではありません。女房の件は考えてますが、受容れてくれるかどうか・・・」                                                                           体長が人間の半分はある大きなシーサーが仕上がっている。比嘉が「ジイさんがそうしろと言えばいつでも若い者に運ばせる。しばらくここに置いておこう」と言ってユウくんに「それでええかの?」と確認していた。

日が暮れそうになった海岸沿いの道路を走り、ギャラリーに着くと初日と今日の両日を手伝ったヒロちゃんは渡嘉敷に帰っていて、ほどなく配達の帰りだと言う亜希がやって来た。「明日は私です、ヒロちゃんと交替。ボランティアは明日で終りですよ、黒川さん」と明るく言う。                                                                                                                                                                                     「いや、明日はもういいよ。普通の店売り商売と違って、客と話し込んでいつか買ってもらう・・・そんな仕事なんだよ。来客は今日でもぼく一人で対応できる人数だった。日本のいい焼物を沖縄に広めること、ぼくの陶芸界の人脈がゆっくり沖縄に広がること、。そして沖縄のいいものを日本に発信できればいいんだ」                                                                                                                                           黒川は何故か淡々と話す。亜希が抱えていた「しらゆり」の一升瓶に目を遣って言った。                                                                       「亜希くん、その酒が好きなのかい? 今呑むのかい?」                                                                                                                                                                                         「いえ、黒川さんにお持ちしました。私からのお祝いです」                                                                                                                                                                                                             「ハマってるそうですよ。母上が好きだった泡盛だそうです」裕一郎が言葉を添えると、黒川が言った。                                                                                                                                                                        「母上ねえ・・・。偶然と言うか、ぼくもこの酒は好きなんだ。亜希くん、しらゆりの花言葉は知ってるよね」                                                                                                                        ん? 裕一郎と目を合わせた亜希は一呼吸置いて、黒川と向き合った。                                                                               イチニのサンとばかりに、亜希と黒川が同時に言う。                                                                                                     「母!」 。                                                                                                                                                                                       「そう。聖母、マリア様、母だ。裕一郎くん知ってるかね、糸満の先、本島南端、ひめゆり学徒隊の最大被害の地に近く、追い詰められた多数の民間人が海に身を投げたという喜屋武岬の断崖にも咲くんだよ。母の故郷はそこから近い。裕一郎君、糸満美人って分かるか。ほれ、ヤクザの娘で教師という役の女優がいるだろう。あれがぼくが想い描いている糸満美人だ。ぼくの記憶では、母親はあの女優にそっくりなんだ」                                                                                                                         

黒川は少年のようにはにかんだ。そして、いつもの黒川節よりはトーン低く、しらゆりを語り始めた。

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