Archive for 8月, 2011

歌「100語検索」 26、 <追> <逃>

  

「逃」の不可能性を知る者が、「追」の思い込みの美学に酔い、                                                                                   「追」の無効・無謀を知る者が、「逃」は果たせると信じたりするから                                                                                                           不思議だ と誰かが言ったけれど、                                                                                               「追」と「逃」はほとんど同義語ではないだろうか?                                                          

『追いかけてヨコハマ』 http://www.youtube.com/watch?v=EqdxGjoJCYk 中島みゆき                                                                                                                 『昭和枯れすすき』  http://www.youtube.com/watch?v=2QCRT80a3m4 さくらと一郎                                                                      『雪国』 http://www.youtube.com/watch?v=Os2wu5SEAJY 吉幾三                                                                                                        『夢追い酒』 http://www.youtube.com/watch?v=YvAho2oygxU 森昌子                                                                                                        『恋のフーガ』 http://www.youtube.com/watch?v=I30QHaf9WZA キャンディーズ                                                                                『京都から博多まで』 http://www.youtube.com/watch?v=Ev5KTR0JjVw&feature=related 藤圭子                                                                                                                                                  『地上の星』 http://www.youtube.com/watch?v=v2SlpjCz7uE&playnext=1&list=PL3BEFA891028E78CC 中島みゆき                                                                                        

『逃避行』 http://www.youtube.com/watch?v=sIWaF5ZFgYk 麻生よう子                                                            『ウォンテッド』 http://www.youtube.com/watch?v=hUiYtO6nKgs ピンクレディー                                                                                           『浪曲子守唄』 http://www.youtube.com/watch?v=pNZHsID_y3g 一節太郎                                                                           『それが大事』 http://www.youtube.com/watch?v=MDXtNBc0ml0 大事MANブラザーズ                                                                             『とんぼ』 http://www.youtube.com/watch?v=4XqtJyUlrFI 長渕剛                                                                                          『矢切の渡し』 http://www.youtube.com/watch?v=FzHDkjWKfrQ ちあきなおみ 

 

 

 

 

 

 

連載 59: 『じねん 傘寿の祭り』  六、ゴーヤ弁当 (5)

六、 ゴーヤ弁当⑤

 比嘉がその未完成だがほぼ仕上がったシーサーとユウくんを見てしみじみ言った。                                                                                                沖縄では、ユウくんのような子を「神の子」と言うのじゃ。各共同体では、「そんな子を迫害すればバチがあたるさ、そりゃぁ神の子をいじめているんだから・・・」と教えている。そうやって子供たちの権利を守っているんじゃ。                                                                                                                         「ユウくんにも、他の子と同じく生存の権利がありますもんね」と相槌を打つと、比嘉は言った。                                                                                                  「違うんじゃ、それは前提なんじゃ。ユウくんのような子の権利を守る、当然なんじゃ。ここは、この教えは、迫害する側と迫害される側の両方の子を、そうやって守ろうというのじゃ。解かるか裕一郎。」                                   
「人は誰にも、本来、他者を迫害することなく生きてゆく権利がある。それは義務であるよりは、権利なのだ。そう言っておるのじゃよ。『神の子』が生きてゆける環境を作り、『神の子』の育ってゆける人間関係を保証し、受難を最少限にする条件つまり『神の子』の教育権などの人権をぎりぎり守り、一方で加害に加わってしまいがちな他の子の人権も守ろうと言うのじゃ。」                                                                                                           まだシーサー作りをしていたいというユウくんをなだめ、アトリエを後にした。仕上げをいっしょにしような、と比嘉がユウくんに声を掛けていた。

「沖縄は深いねぇ~」                                                                                                                                                                                       帰りの車中で黒川がポツリと言った。裕一郎も比嘉の言葉を噛み締めていた。他者を迫害することなく生きてゆく権利・・・。                                                                                                                             日が暮れるころ、ギャラリーに立ち寄ると大空に亜希とヤンキー娘ヒロちゃんも加わって作業していた。陳列台下部の収納部分、建具の開閉に難がると、一旦全部外して付け替え微調整している。                                                                                                                                                                                                                                       「精が出るねぇ。君には頭が下がるよ」俺には下がらんのだよな、黒川さん。                                                                                                                 「建具のガタ付き、気になったのよね・・・。あと二枚で終わります」                                                                                             大空は額の汗を拭って微笑んだ。亜希が木屑を掃いている。                                                                                                                                                     残っている照明の件、自宅の家具類の持ち込み、商品の搬入などを打ち合わせ、黒川がオープン日を決めた。二週間後だ。                                                                                                             「もう船はないよね。今夜はどうするのかね?」                                                                                             「今夜、品物を卸している店数件と懇親会があってみんなで行くつもりです。まあ接待ということです。懇親会は店の持ち回りで今年は玉城。宿泊についても用意してくれてます」                                                                                                                 ユウくんが亜希に言った。                                                                                                                                   「アキさんは、うちに泊まるよね。去年、約束したもん」                                                                                                                                           「約束ぅ? そうか、そうだね。じゃあそうしようか。いいですか」                                                                                                                        亜希が大空と黒川に目で問いかけ承認を得て、亜希とヒロちゃんは懇親会のあと黒川宅へ来て泊まることになった。黒川は大喜びを隠そうとして隠せない。鼻がピクピクしていた。                                                                                                      大空は、自分は朝の船で帰るが、君たちは夕方の船で帰ればいいと配慮を示した。                                                                                   

十一時を回ったころ、亜希とヒロちゃんがタクシーでやって来た。相当呑んだようで、アハハアハハと笑い転げ、明らかに酔っている。黒川はすこぶる上機嫌だった。いくつになっても、若い娘には目じりが下がるのだと呆れたが、それは裕一郎とて全く同じなのだ。                                                                                                                     ユウくんはもちろん起きてはいたが、もう目はトロトロで二人の来訪を確認して安心したのか、ダウン寸前。ユウくんを数分かかって二階の寝室へ誘導して降りてくると、酒盛りが始まっていた。応接間は、運び出す商品が積まれていて使えない。三人は黒川の書斎に陣取っている。彼女たちが宴会から持ち帰った料理をアテに泡盛を呑み始めていた。                                                                                          裕一郎が加わって「もいちどカンパーイ」となった。八十歳前と六十歳前の老人二人を前に、安心感に支配され、酔いも手伝って彼女たちの会話は大胆に展開されそうだ。                                                                                       大空の話になっていたらしく黒川が喋っていた。                                                                                「気付いているんだろ」                                                                                                             「知りませんよ。いい人だと思いますけどそんな気はないんです」                                                                           ヒロちゃんも口を挟む。                                                                                                                                                      「たぶん、もう秒読みですね。彼がコクるのは」                                                                                                                                           「だろ? 罪だねぇ」                                                                                                                                                                                              「どうして罪ですか? 私には自分以外の人間の課題をいっしょに思い悩んだりする余裕はないんです。それが罪ですか? 大空さんがそんな気持ちで居るなら明日にでも出て行きますよ。思うんです、男女にはタイミングというものがあって、互いに必要としている時しかそうならないんじゃないか、と・・・。黒川さん、人のことより美枝子さんとのラヴ・ロマンスはどうだったの? すごいことやったって聞いてますよ」                                                                                    美枝子から聞いた三十年前のドラマを暴露してやろうかと思った。タイミングか・・・きっとそうだ。美枝子の話が事実なら、二人で仕切った展示会を終えた翌日、美枝子が松山駅で「もう一日居れば」と声をかけ結ばれ、やがて黒川が妻子を棄て度々松山へ押しかけ一大パフォーマンスを演じたドラマには、確かに両者のタイミングがあったのだ。個人史・私的状況・公的状況・・・その複合、つまり「時代」。それらが、互いの、人柄と総称される、個性・感性・考え・基本スタイルに共通して刺さらないなら、事態は起きはしない。そして、共有する「時代」とは成り難いのだ。それが、人というものにいつまでも棲み付いてしまうその人固有の時代というものだ。

連載 58: 『じねん 傘寿の祭り』  六. ゴーヤ弁当 (4)

六、 ゴーヤ弁当④

 アトリエに着いてギャラリーの進捗状況を報告すると、比嘉は立地・条件とも褒めてくれ喜んでくれた。四人でゴーヤ弁当を食べた。空腹だったのだろう、ユウくんがいつも以上に速く食べる。                                                                 「そうじゃのう、記事にでもしてもらうか・・・。ちょっと待ちなさい」                                                                                                                              比嘉が何処かへ電話している。相手としばらく雑談を続けた後、比嘉が切り出している。                                                                                                                                                                                              「お前さんへの貸しやけどのう、そろそろ返してもらおうと思うてな」に始まって、最後は「間もなくオープン日が決まるから電話するよ。写真も入れてやれや」「そうか、頼むぞ」と終るこの電話会談はこんなことだった。

偶然黒川が比嘉への第一情報伝達者だったという、去年の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件の際、琉球弧タイムスが比嘉に原稿依頼した。原稿用紙二十枚以内ということだった。書いておきたいことから言葉を選び、比嘉はやっとのことで二十枚に纏めた。ところが、新聞社はそれを約三分の二程度に圧縮。比嘉は「ならば全文引上げる」と抗議したが、今の電話の主:デスクになだめすかされ「いつかこの借りは返すから」と言われた。幸い何とかガマンできる内容にはなっていたこともあり、中止よりは記事掲載を選んだ。その貸し借りだと言う。                                                                 裕一郎は慌てて申し出た。                                                                                                                                  「そんな大切な貸し借りを、黒川さんのギャラリー・オープンという私的な出来事ごときで使っては申し訳ありません。取り消して下さい」                                                                                                                                                                       「裕一郎! 何を言うとるのじゃ。商売人のくせして甘いのう。そやから失敗するんじゃ。政治の貸しを政治で返してもらおういうのは野暮なんよ。こういう風に処理してやるのがウチナーの心よ。互いの信頼よ。こうしておけば奴はいつかほんまの返済をしよるやろ。ナンクルナイサ。奴はまた必ず記事依頼するさ、それがワシらの貸し借りじゃ。」                                                                                                                                                                                                                         礼を言うべき黒川が黙っている。最後に「そうかい、それは有難いね」だけだ。黒川が、比嘉は俺が大きくしてやったとでも言い出しそうな構えで居る。大富豪・大先生の黒川様だ。                                                                                       比嘉はそれでも表情を変えることなくニコニコして平然としている。ユウくんにあれこれ問いかけ、ユウくんとドロこねを始めた。ユウくんとシーサーを作ると言う。                                                                                                                                                                                           比嘉に備わっているものがユウくんの心と共鳴しているのが分かる。ユウくんは、せっせとドロをこね比嘉が用意したノッペラボウにドロを重ねて行く。やがて、表情を表し始めた大きなシーサーの完成像を、何故か思い描けた。黒川が案内してくれ、ユウくんに似ていて心に留まった、豊見城の路傍のシ-サーだった。                                                                               熱中するユウくんを見ながら比嘉が大阪の夜間高校教員時代の思い出を語り始めた。裕一郎たちが占拠中職場に用意し提供した作業場へ来ていた頃のことだと言う。                                                                                                            

顧問をしている美術部にダウン症の生徒がいて、卒業を控え度々呑みに連れ歩いていた。最初のうちは生徒の自宅最寄駅まで送り、迎えに来ている母親に引き渡していた。が、一ヶ月もすると、自分で駅からの夜道を独りで帰ることになり、酒を間にした交流は貴重なものだったらしい。
ところが、ある夜事件は起きた。今と違い携帯電話などない時代のことだ。                                                          
いつもの駅で生徒と別れ、彼がいつも通り真っ直ぐ帰宅するものと思っていた。自身は又呑み歩いて、深夜帰宅して翌朝学校へ出向くと、緊急職員会議が待っていた。                                                                                                                       未成年の生徒に、しかも障害ある生徒に酒を呑ませるとは何事か!                                                                                                                                                前夜、別れた後、生徒は独りで再び呑んで金を使い果たし二十円しか持っていなかった。タクシーに乗り、当然ながら代金を払えず、咄嗟に走って逃亡。警察に一晩保護されていたらしい。                                                                                                                                   
「事故に遭ったら、どうするのか? アル中にでもなったら、比嘉さんあんた責任取れるのか?!」
「障害者は酒を呑むなと言うのか?! 飲酒権の独占か?」と激しい応酬を繰り返していたら、普段は論争の相手だった教師が、糾弾している連中に言った。
「酒を問題にしているあなた、そして担任のあなた。酒がダメだと言うならじゃあ、コーヒーの一杯でも飲もうとあの子を喫茶店に誘ったことがありますか? 酒という不適切なものであってもそれを媒介にして比嘉君が 築いた、生徒との回路に学ぶべきもありと認めた上で、話そう」と。                                                                     
職員会議はこの一発で様相を変える。比嘉も素直に配慮不足と酒を飲ませたことを詫びた。その教師とは、この件で仲良くなり今も付き合いがあるという。
「ほんとは、ワシが酒呑みたかっただけなんじゃがな」と比嘉は照れて笑った。                                                              
帰ってこない息子を案じ母親が八方尽くして比嘉と連絡をとろうとしたが出来ない。本人は警察に「先生とお酒呑んでた」と自供もしていたらしい。                                                                                                              母親は息子と比嘉との交流の経過を全て知っていて、安心して迎えに行くのを中止してしまった私が悪いと、自らを責めたが、その心労を思えば、「ワシの思い上がりじゃった」と比嘉は結んだ。

比嘉とユウくんの共同制作が進んで行く。どんな風に仕上がるのか楽しみだ。

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