連載 60: 『じねん 傘寿の祭り』 六、 ゴーヤ弁当 (6)
六、 ゴーヤ弁当⑥
「いやね、亜希君、君は出会った頃の美枝子に似ているんだ。顔もだが、それより突っ張っているような雰囲気・喋り方・構え・・・」 「私、突っ張ってませんよ。それに妻子ある男を奪う根性もありません」 黒川は半分笑いながら苦い表情をして 「ハッキリ言ってくれるねぇ」 またヒロちゃんが突っ込む。 「あれ、亜希さん、妻子ある男やと言うてたよね、バイバイした男・・・。」 「だから、奪えないと言ってるんよ」 「男が決断しないとなあ。ぼくだって苦しんだが、突っ走ったよ」黒川が能天気に言う。 その自己肯定が気に入らない。走ったことを自賛してみても・・・。裕一郎は会話に入った。 「彼女が言うのは、奪えない、奪うほどのことだろうか?でしょ。そして、妻子というより抱えているものや歴史を棄てられないのだ男は・・・と」 「裕一郎君とそういうことだったのかい?」 「そういう期待はありますが、残念ながらぼくではありません」 亜希が継ぐ。 「北嶋さんは今奥さんと離れているけど、きっと戻る。私には分かる。断言してもいい」 亜希、君は俺の女房を知らないだろう? どうしてそんなことが言えるのだ? 「黒川さんと美枝子さんはスゴイよね」 「亜希くん、皮肉かい?」 「いいえ、ほんとにそう思います。妻子があろうがなかろうが面倒くさいね、男に入れあげるのは。人生が邪魔されるみたいな・・・。自分の暦を自分自身の時間と課題で刻む、それが成らないような・・・。もうそれはいいから、子供だけは産みたい欲しいと思う」
酒は進んでいる。一時を回っていた。黒川が改まって言う。 「先日は失礼したね。君の出自の事、ヒロ君に叱られたよね。ぼくが、つい言ったのは、ぼくの実の母らしき人が琉球の人だからなんだ。ぼくの両親は長崎原爆で亡くなっているが、その女性は早くに沖縄に戻り戦後も生きていたはずなんだ」 初めて聞く話だった。美枝子が言っていた沖縄の女性からの電話。何か関係があるのだろうか?その電話の主はその母親の縁者だったのだろうか? 「母親のその後の人生を知りたいんだよ」 「そうでしたか・・・。そのお母さん、黒川さんに逢いたかったでしょうね」 「ぼくに逢いに小学校の運動会へ来たようなんだ。かすかな記憶はあるのだよ。それが最初で最後だ。その時は、料理旅館をしていた実家の女中さんに親戚の小母さんと聞かされそう思っていた。琉球へ帰って、ヤマトの一切を封印したんだろうな・・・。知ったのは、随分後のこと最近なんだ。あれこれ調べているが、どうにも・・・」 「私の母も、早くに亡くなった父親、私の祖父ですね、や行方不明のその兄や、朝鮮人の縁者のことを口にしていました。私、母の最期の想いは引き継ぎたいと思ってます」 貯めていたものが堰を切ったかのように、亜希はガンガン呑み続けている。 「北嶋さん、私とあの人はドロドロの関係だったと思ってるんでしょ?」 「いや、全く分からんよ、ぼくには。彼も何も言わないし、ぼくも聞きはしない」 「黒川家の送別会の後、北嶋さんと呑みましたよね。口滑ったけど、確かにそういうことはありました。けど、弾みだと思うことにしてます。」 「弾み?」 「そう。あの時、北嶋さんと話してたら、急に出直そうと思った。私の人生があの人の付録になりそうでヤバイと思った。あの人の人生、今でもまぁ認めてますもん」 「やれやれ、責任重大やね。そう思わせるような話、したかなぁ~? けど、認めてるなんて、奴も嬉しいやろうな」 裕一郎は、亜紀と吉田高志の出来事への興味と、今聞いた黒川の話への心地よい納得が、重なって頭の中を駆け巡り酔いが回った。高志、よくぞこの女性と離れられたな。俺なら、きっと離れられまい。・・・。亜希にも高志にも、次の想いと言葉がまとまらない。 ただ、黒川に対しての気分は言葉として自分の中でかたち作れた。黒川さん、あなたは沖縄へ来たと言うより還って来たのですね。黒川に備わる吸引力のような奇妙な魅力に、いま聞いたことが関係していると思うと、何故か愛おしく思えるのだった。