連載 51: 『じねん 傘寿の祭り』  五、 キムパ (7)

五、キムパ ⑦

 沖縄でのガラス生産や、ガラス工芸はもちろん昔からあったのですが、戦後その職人や引上げて来た職人が持ち帰った本土の技法で、ガラス工場の復興が始まりました。材料が乏しく、米軍のくず瓶などを使い、米国人の生活ガラス器を作ったのです。ワイングラス・ドレッシング瓶・サラダボール・ピッチャーなどですね。材料がくず瓶であることから、その色が独特で、セブンアップからは緑、ビール瓶からは茶色、一升瓶からは淡い水色、その混合・・・、その味わいと、また「ひび入れ法」でのひびの感じの素朴さ、偶然性や製作の家内工業性による色や形がひとつひとつ違う手作り感が受けて、琉球ガラスとして地位を得ました。まぁもて囃された訳です。

ところが需要が増え、観光ブームにも乗れば、売れるものですから価格競争にもなる。安いものも出回る。従来の生産システムではそんな安価には出来ない。90年代の半ば、技術と工法をそっくりヴェトナムへ持って行き破格安値の商品を大量に出す業者が現れます。ところが半年もすると簡単な生活器なら製品の水準が変わらなくなる。一方で、ヴェトナム産の品を、沖縄で生産された琉球ガラスと混同される表現を用いて販売していたとして、公正取引委員会に景品表示法に基づく排除命令を求める動きになっていると聞きます。今は、まだ製品に差がありますが、やがて遜色ないようになるんじゃないでしょうか。先月、展示会にヴェトナム製であることを伏せて出品し銀賞を取って物議を醸しました。審査員も会場に来ていたプロのガラス職人も、誰も気付かなかったんです。無礼な殴り込みだと大騒ぎになりましたが・・・。

日本の家電メーカーやアパレル・メーカーが中国や東南アジアなどで生産していますが、それは何製でどこの商品でしょうか。メイド・イン何処でしょう? 何をもって琉球ガラスと言うのか・・・。                                                                 もちろん名工と言われる人の作品は素晴らしく、これぞ琉球ガラスだと思えます。工芸・芸術としての琉球ガラスと、生活器としての琉球ガラスは違うと言うのが結論かも知れません。さっきの太陽ペンダント、うちの若い者の言い分、商品か作品か、似たようなところの話かなと思うのです。買い手が決めると言っても、その買い手は色々ですし、ホント難しいですよね。消費のサイクルに入ったものの共通の運命だと思います。かと言って消費されなければ、作り手は干上がるのですし・・・。

大空が伯父太陽と衝突した成り行きが、納得できるような気がするのだった。いま聞いた話にも、二人の青年の道を開く手助けをした大空の在り方にも、共感しそして何故か嫉妬した。会社経営で、自身は辞めて行く従業員にそんな手厚いことなど出来なかったことへの悔恨と、そして日々そんな「大きな」大空の近くに居る亜希のことを気にしていたのだ。                                                                                                            「大空さん、結婚されているんですか?」つまらぬことを訊いてすぐに後悔した。                                                             「いえ、今は独りです。逃げられました」                                                                                太陽との関係が良好だった時代の大空を知る黒川が言う。                                                                                                            「東京時代のあの人とは、別れたんだね」                                                                                     「沖縄には来ませんでした」                                                                                   「ぼくと同じだねえ」                                                                                                                                                          ん? 来て去ったのと来なかったのは同じだろうか、違うのだろうか? 

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