連載 49: 『じねん 傘寿の祭り』  五、 キムパ (5)

五、キムパ ⑤

終るのかと思ったら次の話が始まった。ヒロちゃんが「わたし、教室準備します。洋子さんと交代するね。ジイさんまた聞かせてな」と黒川との険悪な雰囲気を微修正して去った。                                                                                                                                             「それからね、今食っている朝鮮お好み焼きのタレにも海苔巻きの中のキムチにも入っている、とうがらし。これ朝鮮半島が本場と誰もが思っている。そうじゃないという説が有力なんだよ」                                                                                                                                                もともと、辛子は南米が原産で、コロンブスらがヨーロッパに持ち込んだらしい。インド交易でアジアに持ち込まれ、鉄砲伝来の頃日本に来たらしい。日本の食文化には馴染まず、九州どまり。秀吉侵略軍が朝鮮に伝えたという説が有力だ。朝鮮には辛い唐辛子とは違う辛子がすでにあったという説もある。今も、あっちのはそれほど辛くないのも頷けるという訳だ。いずれにせよ、大昔から唐辛子が朝鮮独特なのではないということだ。言いたいのは相互発信、直線ではなく環状。                                                                                                                                        ぼくは思うんだが、例えば現在済州島と隠岐や伊勢で行なわれている海女漁法。石川や新潟や陸奥にもあったのだが、魏志倭人伝に出てくる『倭の水人、好んで沈没して、魚蛤を補う』を地で行ってる名残だねぇ。また話が戻っている。自分の興味を最優先させて意に介さない黒川話法だ。

タロウの話、千利休の話、そしてこの古代史ならぬ誇大史だけには、年代を含めやたら詳しいのに、どうして現実世界の数字や常識に疎いのだろう。好きなことだけに生きていればこうなる、ということの見本だ。自分の二十年後を見るようで痒いような苦しいような恥かしいような気分だった。                                                                                                                                                         大空も亜希も、ミキちゃんと交代で加わった洋子さんも、「面白いけどNHKの特集ででも詳しくやってくれたら観もしましょう。けれど、あんたの半端な知識なんか結構です」と言いたそうな顔をしている。裕一郎が流れを切り換えるしかない。                                                                                                                                  「黒川さん、そろそろギャラリーの話を・・・」                                                                                                                                 「おおそうだ。今日はそれで来たんだよな」これが、ケロリとギア・チェンジなので驚くのだ。チェンジしないよりはもちろん有難いが・・・。                                                                                            「大空君、年末の電話で、近くだから行ってやってくれと言ってた、君の友人がやっていた喫茶店だけどね。先日裕一郎君と車で走っていてあそこの交差点で停まった時、空店舗になっているのを見かけたんだが、店閉めちゃったのかい?」                                                                                                                                                    「もう閉めてかなりになりますよ。」                                                                                                                                             「返したんだね、大家に。あそこはどうだろう?」                                                                                                                            「ギャラリーにはどうですかね。車で行くしかないですし、北部のひとにはちょっと遠いでしょ。わざわざと言うか一日仕事のような・・・」                                                                                                                                   「前に駐車スペースもあるし、どの道来る人はわざわざ来るんだよ」                                                                                                                             「あの店なら、店作るときにぼくも手伝ったので内部は分かりますよ」                                                                                                                                               「いくらだい」                                                                                                                                                                 「一五坪、七万五千円です。保証金はたしか四ヶ月分だと思いますが、」                                                                                                                                                                「一五坪の喫茶店なら、君と裕一郎君二人で、二日もあればギャラリーに変身させられるだろう。カウンターを取っ払って、床を均し、壁を貼り替えて陳列台を置きゃいい。それくらいだろう? あと看板か・・・」                                                                   裕一郎と大空は顔を見合わせて笑った。まず、裕一郎が口を開く。                                                                                                                        「二日もあれば? よくい言いますよ。カウンター撤去には内部のガス・給排水管の処理が絡みます。廃材もどれほど出ると思います? すごい量ですよ。床を均すと言ってもセメンで埋めてレヴェルを調整する必要があります。床を貼り替えるには、既存の床材の撤去があります。陳列台? 買うんですか?作るんですか? 二人で二日というような仕事量ではありませんよ」。続いて大空、                                                                                                  「黒川さん、あの場所、まさか息子さんが通う園に近いから選んだんじゃありませんよね」                                                                                                                                「まあ、それも要素の一つだ。そりゃ遠いよりは近いほうがいいだろ。ひろしも自宅へ帰る前にギャラリーへ立ち寄れる。ぼくといっしょに帰ることができる」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 ちょうど、切れた雲間から差す陽光が、食事しているテラスを夏にして、見下ろす海にあらためて感激していた。ふと、黒川がわざわざ軽自動車を見せようと園に行った日、「ぼくはバスがいい」と言うユウくんの上に降り注いでいた日差しを思い出した。ユウくんはバスに乗り続けたいのではないだろうか。                                                                          黒川が言う場所は、ひかり園から僅か三百メートルの交差点だった。バスに乗っていたいと言ったユウくんの気持ちへの憶測もあるが、その場所では「辺鄙」に過ぎる。裕一郎は反対した。

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