連載 42: 『じねん 傘寿の祭り』  四、 じゆうポン酢 (9)

四、じゆうポン酢 ⑨

「そうでしょうが! 先日の書類を第三者に転売するなんて、無法もいいとこだ」                                                                                                          「誰が第三者に売渡すと言いました?」                                                                                                                                                                                                        「大阪に郵送するって・・・」                                                                                                「うちの大阪の事務所ですがな! あんた、タロウの大皿、なんぼで売ったんです? 買うた相手言うて下さい。何やったら、とことん調べましょか? あんた、タロウの大皿で半年金回したんでしょ? 今更ゴチャゴチャ言うんやなく、一年預かるとちゃんと言うときゃええんでしょ! ずーっと月末に支払うと繰り返して、病弱の老人やと軽う見て黒川さんを食い物にしたと言われてもしゃあないでしょ、違います?」                                                                                                                                                                                                                                       「それは違う。どの画廊もそうやって遣り繰りしてるんだ」                                                                                                                        「あのね、あんたこの間、軍用地主の話しましたよね、あぶく銭持ってて目利きも出来ない上得意や言うて・・・。今回の大皿と似てますな。大皿は元々黒川さんのもんや。黒川さんは現物を返すか、代金を払うてくれと言うてるんです。勝手に占有する権利はない、と。どう、似てません? 軍用地主にも、そらあんたが言うような人も中にはおるでしょ。けど、その金の上前撥ねて食うてると堂々と言うあんたがネチコチ非難出来ます? 何やったら金戻して、今日のことは無かったことにして、お望み通りどこかへ債券譲渡しましょか?」                                                                                                                                            細川は沈黙した。黒川が前回言えなかった分を取り戻すように言う。                                                                                                                                                                                                            「細川君、日本という座布団に胡坐かいて商いするのはもうよしなさい。沖縄へ来た時だけは同情・贖罪気分、沖縄人ツラで居る、日本でできない反戦を沖縄に押しつける・・・、そういう本土デスク左翼もぼくは嫌いだ。だがね、君のように、商いへの負目が在ってかどうか知らんが、自分の本音のいかがわしさを軍用地主の一部を非難して放免しようとする輩はもっと嫌いだね。心から五分の商いをしなさい。そこから全体を見なさい。」黒川流突っ込みは、前のめりで分かりにくい。それにしてもスラスラと語る黒川だった。                                                                                                                                                                                           「聞いておきましょう。だが、いずれにしても、黒川さんとは終わりですね」                                                                                                                        「今日、四月二十八日は何の日か知っているかね?」互いの応酬はチグハグだ。                                                                                                                                                                           「 ? 」                                                                                                                                                                           「サンフランスシスコと言っても思い付かないかい?」                                                                                                                                                            細川は、黙っていたが、一呼吸おいて力なく言った。                                                                                                                                                                           「北嶋さん、サヨクですか?」                                                                                                                                                                                                                   「ん? 彼はムヨクだよ。ヨクは翼ではなく欲望のヨク、無欲だ。今日の集金の何割かが彼の懐に入るとでも思っているだろ。ところがそうじゃないんだ。一銭にもならないことでも動く者も居るのだ。それがムヨクだ。解るかいそういうの・・・。憶えときなさい」                                                                                                                                                                                                                                              黒川さん、悪いけど俺は決して「無欲」ではないぞ、むしろ「無翼」なのだ。裕一郎はそう噛み締めて表に出た。黒川が満足げな表情をしてドアをバタンと閉めて続いた。                                                                                                                                                                                                                集金の報酬を貰おうとは思っていないが、黒川さん、何を予防線を張っているのだ!あんたが言うなよ。                                                                                                                                                               だが、黒川の「沖縄-日本」についての言い分は黒川なりの本音だと思う。「全体を見なさい」などと人に言える自分ではないが、黒川の言い分は直感的で表層的であっても間違ってはいないと裕一郎は思うのだった。黒川のこの理性がどうして実生活や商いでは・・・・・・。

帰りの車内で無口で居た黒川が話しかけて来ようとするのだが、何を言っているのか分からない。が、言いにくそうな表情でボソボソ言っている。気になって、スピードを落として聞いてみた。                                                                                                                       「思い出したんだが、あの大皿で回収した百二十万は、残念ながら支払いに消えるね」                                                                                                                    「えっ? 消えるねって、何の支払い?」                                                                                                                                                                「大皿だよ」                                                                                                                                                                           「美枝子さんが、あれは売るなと言った作品でしょ? 売るなと言うことは黒川自然のものだということですよね?」                                                                                                                                                                                                                                                                                     「いや、美枝子は知らない。あれは、タロウの姪御さんから一年の期限で預ったものだった。作品が売れちゃった以上、金を払わなきゃならんよね。いやー忘れてた」                                                                                                                                                                   「ならんよねって、いくら?」                                                                                                                                            「売るなら百五十万と言ってたなぁ」                                                                                                                                                                                                                                                                              「忘れてた? 言ってたなぁ? 黒川さん、どういうことですか、いいかげんにして下さい。あなたはちゃんと覚えてたはずです。にもかかわらず、とぼけてぼくをこういう風に使う。姪御さんにお願いして百二十万で許してもろうてもチャラ。もし最初に聞いたとおり百五十万となれば三十万の持ち出し。今日の細川作戦は何やったんですか? それではまるで、細川といっしょじゃないですか!」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                「細川といっしょにしなでくれるかな。奴は美術ゴロ、ぼくは陶芸愛好家だ。全然違う。ぼくは本当に忘れていたんだ。それにね、姪御さんはいきさつを話せばきっと解ってくれるよ。裕一郎君、諦めなさい。人間、諦めが肝心だ。当事者のぼくが早くも立ち直りを見せているのに、なんだ君は。報われなった努力をいつまでも思い悩む・・・君らの世代特有の女々しさかい? もっと大らかな気持ちで居なきゃ。歴史に名を残した改革者はみんなそれを持っていた。」                                                                                                                                                                                                                        究極の黒川マジッックだ。金銭が絡み、しかも労力を伴う案件にも発揮されたのではもう我慢できはしない。裕一郎は大声で怒鳴りそうな感情を抑えようとしたが、ハンドルを握る手の振るえを止められなかった。もう逃げよう・・・無理だ、この男にこっちが潰される。細川に向かって吐いた言葉の無責任を悔いた。                                                                                                                                                                                                        「改革者ではありませんし、歴史に名を残したいとも思いません。けど、タロウの百二十万の件はあなたを許しません。細川に対してぼくは、いわば天に唾してたんですから」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

 

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