連載 38: 『じねん 傘寿の祭り』  四、 じゆうポン酢 (5)

四、じゆうポン酢 ⑤

「ぼくは、ぼくの客をハイエナだなんて思っていないし、もし中にハイエナがいてもその残飯をさらに漁る銀蠅になどなりたくないねぇ。愛好家にいい作品を紹介しているだけだよ。沖縄から回収するなんて考えではなく、いいものを両方へ広めたいんだよ。沖縄のものをヤマトへ、ヤマトのもを沖縄へ・・・。それこそ、余裕資金の活きた使い方だよ。細川君、自分の仕事を貶めるんじゃない!」                                                                                                                                                  「黒川さんのお説・建前は何度も聞きました。けど、誰が買っているか・・・、明らかでしょう」                                                                                                                                                         「それは、当然ぼくの美意識と共鳴できる人たちだよ。高価なものを買うのは、君の言う軍用地主や医者に多いのは事実だ。それは致し方ないじゃないか、高価なんだから・・・。それは結果論だよ。それにねえ、軍用地主と言うが、望んで、申し出て地主になったんじゃない。強制収用だよ。多くの地主が返せと言ってるじゃないか」                                                                                                                                                           「ハイハイ、分かりました」                                                                                                                                                                            話がエスカレートしては、売掛金回収と言う大目的が崩れる。それは困るのだ。会話を制した。                                                                                                                                                                                                   「あっ、そうそうお支払い時期の記入を忘れてました。スポンサーに叱られますね。私はいつも何かドジをやらかすんです。確か、先月には末にと仰られたとか?」                                                                                                                                                                                                 「先ほども言いましたが、買い手からの残金がありますので、そうですね今月末に」                                                                                                                                                                                                                     「結構ですよ、ではここに」と四月末日迄と期限日を記入した。正副二部の一部を渡した。

黒川が「雨が降りそうだ」と言っていた通り、帰路は雨の中を走った。                                                                                                               濡れる路面を見て、ふと新聞の求人広告を見て応募した会社へ向かって歩いた三十年前の雨道を思い出した。偶然、高志が組合役員として在籍していて、争議を経て会社は偽装破産するのだが、そこに至る以前の混乱期、いく人かの管理職や役員が争議に首を突っ込み耳障りのいい話を持って来た。争議をダシに自身の立場浮揚を考える者の行動だ、社内人事抗争も絡んでいるんだ、と高志は取り合わなかった。あれこれ解決策を語るのだが、どれもがついぞ現場労働組合の当事者性に与する論ではなかった。ハイエナや火事場泥棒はどこにでも居るのだ。だが一人、組合主張を容れた解決案を示し会社が無視すると、辞表を叩きつけて去った五十代の部長がいた。どうしているだろう・・・、八十歳を越えているはずだ。                                                                                        三十歳そこそこだった当時は思えなかったが、そのMという部長の管理職としての当事者性が沁みて来る。                                                                  那覇中心部の渋滞を抜けるころ雨は上がった。                                                                                                                                                                                         

煮魚を喰いたいと黒川が言うので、途中のスーパーに立ち寄った。黒川が買ったのは、名の分からない鯛の「ような」赤い魚を二尾と、「旬は今月から一〇月までなんだ」と言う海ぶどうだ。ごぼうも買っている、煮魚の添え物だろう。                                                                                                                                              ユウくんの帰宅より早く着いた。二階に上がって煙草を吸っていると、黒川が上がってきた。                                                                                                                                                                                                                                  「最近、ひろしがゲームしない時にはテレビを観たいと言うんだが、ここのテレビはジャージャー音とグチャグチャ画面でどうにもならん。アンテナは屋上にちゃんとあるし、テレビには線が繋がっているんだが、どういう訳だろう。この近辺に米軍が妨害電波出してやがるんじゃないだろうか? ちょっと見てくれるかい」                                                                                                                                                                                      仕方なく、親子の続き部屋へ行った。黒川が八畳、ユウくんが六畳のともに和室だ。ユウくんの部屋のベッドと黒川の部屋の間の敷居を跨いで、窓よりにテレビは在った。画面はユウくん側に斜めに向いていて、黒川からは見えない。テレビの具合が悪いので、観ないことにして、ユウくんに向けて振ったそうだ。黒川はテレビの斜め半分を後ろから見ることになる。ベッドもテレビと反対側が頭だ。テレビに足を向けていることになる。                                                                                                                                            「観ないうちに必要も無くなったよ。だいたいテレビは本当のことを伝えない」                                                                                                                                                                                                                        ごもっとも。しかし中には有益なものや深いドラマや特集報道などなどありますよ、とは返さなかった。テレビにはアンテナ線が確かに接続されている。屋上、瓦屋根でなく陸屋根で安全なのだが、その屋上に上がりアンテナを見たが異常ないようだ。部屋へ戻り、テレビからアンテナ線を辿って行った。ベランダに出た線は、樹脂の波板屋根へとその支柱を登り波板屋根を這って屋上へと向かっている、はずだった。波板の端で切れているのだ。切れた線が支柱の真ん中辺りで、スルメのゲソの形をして丸く干からびたように垂れていた。支柱の間の何ヶ所かで固定バンドで留められているので、その最上部のバンド位置を支点にして折れ垂れている。道具で切ったようでもないし、暴風雨で切れたとも思えない。原因は想像も付かないが、よほど大きな力が加わったか、人為的なものだろう。                                                                                                                                                                                                                   「黒川さん、アンテナ線が切れてました。線を換えればちゃんと映りますよ」                                                                                                                     「線が切れているのに、その事実を隠しやがったか・・・。あの不動産屋も不親切な奴だな」                                                                                                                                                                                                「そりゃ、不動産屋も知らなかったんでしょう」                                                                                                                                           「まあいい。じゃあ、早速アンテナ線を買いに行くか」                                                                                                                                                                         テレビを観ない人物が何故かやたら急いでいる。何なのだ? 

 

 

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