連載 36: 『じねん 傘寿の祭り』  四、 じゆうポン酢 (3)

四、じゆうポン酢 ③

 説明すると、仕事などで固定機相手に電話かける時に限って、普段から、相手に繋がる時と繋がらない時があって奇妙だと思っていたと言う。繋がる時もあったのは、黒川が通話相手先と違う市に居ると自覚していて、頭に市外局番を付けて押していた時なのだった。黒川にとっての謎が解けた記念すべき日だ。                                                                                                                   「黒川さん、ビル事務所に繋がってたらどう言うつもりだったんです?」                                                                                                                                                                           「北嶋君を拉致するんじゃない!と怒鳴ってやるよ」                                                                                                                    「何言うてるんです。あなたは自宅静養中ですよ。緊急入院するかも分からない人なんですよ」                                                                                                                                                                                                                     「いいじゃないか。そういう事態を押してまで電話している切実さが伝わるだろう? どうでもいいが、君が電話寄越さないのがいけないんだ!」                                                                                                                                           しばらく押し問答したが、道理や理屈で納得させられる相手ではない。戻って来た手付金の封筒を見せて吠えて見せた。                                                                                                                                                                                                                                   「じゃあこれ返してきますよ。黒川はピンピンしてますと言うて来まっさ」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         「裕一郎君。何を大人気ないことを言っているのだ。事態をひっくり返すことはないんだよ。一切はぼくの思い違いによる契約と、手付金支払いが原因だ。君に落ち度はない。よく取り戻した。褒めてあげるよ。これでいいかい?」                                                                                                                                            これでいいかい?が余分だが、黒川マジックを封印できたと思い、黒川にはこれが精一杯の謝罪だと理解することにして引き下がった。                                                                                                                                                                                        手付金一〇万円が入った封筒を渡すと、黒川が小躍りして言う。                                                                                                                                                          「よし、この臨時収入で今夜、おととい不充分だった歓迎会をドーンとやり直そう。」                                                                                                                                                                                                                              「臨時収入? 違いますよ黒川さん。収入じゃありません、無駄な支出をしなくて済んだだけ、何もプラスじゃないんです。マイナスを食い止めただけ、元に戻っただけです。歓迎会はおとといの分とお気持ちだけで充分です」                                                                                                                                                                                                       「収入じゃないか。一旦は諦めたものだ。その時点でゼロだから、その後に入った金は収入だろう。違うかい?」                                                                                                                     「違います!」                                                                                                                                                                              「人の好意は受けるのが正しい道なんだぞ。分からん男だねぇ」                                                                                                                                                       目を覚ましてもらおうと、さあ一から物件探しを始めましょう。始める為にはまず敷金などの軍資金確保です。だから、大皿の代金回収のスタートです。と、黒川を現実に引き戻そうとした。黒川は、明日からにしよう、今日は雨が降りそうだ、長引けばひろしの帰宅に間に合わない、などと逃げようとする。しばしば、夕刻ユウくんを独りで待たせ「食堂」の「オバサン」の世話になっているくせに・・・。                                                                                                                                                                             「今日は、大皿のええーっと細川、細川の画廊へ行くだけ行きましょう。不在でも、動き出したのだとの印象だけ刻印すればいいんです。もし居たら、今日は紳士的に売買の事実だけを確認するということで」                                                                                                                                                                   「ぼくは何をしたらいい?」                                                                                                                                        「黙って、沈んだ顔で横に座っていて下さい。それだけでいいです」                                                                                                                                                        「任せなさい」

半年前にタロウの大皿を二点買って、払う払うと言いながら未だに支払わない細川。                                                                                                                                                                                                        両側が米軍基地に占有されて、一体どちらが柵の内か外かと思わせる地の大きな道路を走った。低い曇天を割き轟音を撒き散らし、腹に弾頭を抱えた戦闘機が行く。                                                                                                          走ること約三〇分。アポなしで訪ねた。細川は外出中だったが、店員が半時間程で戻って来ると言うので、待たせてもらうことにした。 

 
 

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