連載 24: 『じねん 傘寿の祭り』  三、 タルト (2)

三、タルト ②

「いや、ぼくはギャラリー開設のお手伝いと、少々の集金だと聞いてますが」                                                              「アハハハッ、ハ・・・集金業務? 集金って、売上げも無いのに何が集金なのよ。叩き売りはいつも現金売りですよ、それも小物ばかり。ああ、そうか解った。それって、七つある不良債権だわ。沖縄に五つ、関西に二つ。自業自得よ。売ったのか預けたのか曖昧な大物商品が、タチの悪い連中に拉致されてるわね。その人たち、もう売っ払らかってお金に換えてるかもね。品物を返すのかお金を用意するのかと迫ればいいのに、放ったらかして来たのよ」                                                                                                            「へぇ~、そりゃ大変や。けど何で沖縄が多いんです?」                                                                                                               「あなた、こう見えても大阪では私が居たのよ」                                                                                                                                               「失礼! そうでしたか。そうかそうか、そうやったですね」                                                                                                                                                             「関西二つは大阪に居たときのもので、私も知ってます。一つは芦屋の豪邸の自称資産家のオバサンよ。早くしないと逝っちゃうわよ。あとの一つはほら、私たちの送別会にも来ていた若い教師夫婦よ」                                                                  「へぇ~そうなんですか、あちゃちゃ・・・。あの夜送別会の後、深夜に駅の屋台ラーメンで見かけた人かなあ」                                                                     「そうそう、ラーメン食べに行くって言ってたわ。その夫婦よ」                                                                                                                                                       「いい感じの人じゃないですか」                                                                                                                                                                                                                                                                                                         「知ってる? 陶芸家の知念太陽。彼の立派な箱付き十五万の品を二点、三十万なんだけど、その後どんどん値が上がってね。今、たぶん倍以上でしょうよ。あの夫婦はまだ手許に持ってるでしょう。もっと上がると踏んでるのは『ご自由に!』なんですけど、購入代金は売ってからというのは若い教師らしくもない。まぁ、どっちもどっちなんだけど」                                                                                                                                                                      「難儀ですね。で沖縄の分は?」                                                                                                                                                                                                                               「大阪に居た頃、と言っても三年くらい前からなんだけど、沖縄へは時々行ってたのよね、黒川。大きい展示会してまぁ最初は意外によく売れたのよ。調子に乗って二つが未回収。私が居なくなってからも増えてるらしい。この中には、私が絶対売ってはダメと言っていた大皿二点も含まれてる。あれ、二点で百五十万よ。さらに増えて五件だそうよ。」                                                                                                                                                                                                  美枝子はその情報を黒川と取引を続けている焼物作家の妻から得ていた。その作家自身も預けた作品を第三者に渡され、取り戻すのに苦労したらしい。物の遣り取りがズサン極まりないとのことだった。未回収は関西が計百万、沖縄の分はひょっとしたら計三百万近くあるのではないかという。回収できるのだろうか。なるほど、任務の実態が見えて来る。

 美枝子が黒川に出会ったのは、入社七年目の美枝子二十九歳、黒川四十九歳の七六年秋だ。黒川は、年に二度美枝子が勤める松山の百貨店での展示会を主宰していた。                                                                                                                                                                  博多で店を張る黒川は、博多以外に熊本・鹿児島・広島・大阪そしてこの松山に手を延ばし、作家を抱き込む才に長けていたのか、難攻不落と言われていた陶芸家や画家を引きずり出し業界の異端児的存在だった。老舗百貨店だけを相手にする作戦で、たぶん相当な裏金をばら撒いていたのではないか?                                                                                                                     黒川はもちろんその年の秋にもやって来た。黒川の噂を聞かされてはいたが、異動で外商部から催事・展示会担当になって半年、新しい部署での仕事を覚えることに必死だった時期の美枝子には、絵画・焼物界の裏技師、業界の変り種といった印象しか残らなかった。が、今でこそ「大言壮語」「夢想小僧」と思えるその言動が、「博学多識」「万年青年」と映り、やんちゃな大学教授のように思えたことは否定できない。                                                                                                                  翌七七年春、中学校長をしていた父親が病気退職した。母親から叔父の温泉旅館を手伝わないか?と勧められた。先方には小学生の息子が居るが、将来拡張の予定もあり、それは姉妹館にして美枝子に渡す、だから従兄弟を補佐してくれ。叔父は、百貨店の外商部でバリバリ働いているように見える美枝子に目をつけたのだ。それまで何度もお見合いなど断って来ていたので、「母は母で、そうすることで結婚もついてくるような気がしてたんでしょ」                                                                                                                                                              叔父は、身内から人材を探していた。親から継いだ旅館の共同経営を、よく働き頼もしい姉の娘に、と考えてくれたのだと思う。                                                                                                              老舗にありがちな話だ。                                                                                                                                                                                         

 

 

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