交遊通信録: 詩人A氏へ 「晶子を巡って」 

 「何もかも」「いっしょくたに」・・・
 
【品川宿
先日はありがとうございます。「アカペラ歌謡大会。やってみると意外に楽しいなぁ~」
というのが 感想でした。楽しい時間をおおきに。・・・
晶子の『君死にたまふことなかれ』の歌謡があるとは知りませんでした。

で、晶子について・・・。先年、あまり知らなかったことを読みました。

日露戦争への異議を世に問うたその晶子にして、身内の戦争への関与(四男が海軍大尉)の十五年戦争に際しては                   戦意高揚・戦争賛美に連なる論陣を張った といふことから、
戦争の「何もかも」「いっしょくたに」「動員」されちまう、
その典型・教訓として、取り上げられたりしている。それによれば、
一方に、全てを飲み込んで雪崩れ行く世情がある、
身近では、四男昱(いく)が海軍大尉として加わっている・・・、彼女の非戦論、『血潮』は喘ぎ揺らぐのだ。
国家が人々を巻き込んで行く戦争といふものの、多重的拘束力・肉親の情をさえ鷲づかんで活用する恐ろしさの、                     これが実相だ、という訳です。太平洋戦争が始まって間もなく(1942.5.29)彼女は他界する。

晶子の論説も書いてありました。(晶子は)『日支国民の親和』では
『陸海軍は果たして国民の期待に違わず、上海付近の支那軍を予想以上に早く掃討して、
 内外人を安心させるに至った』 と述べて、
これまた手放しで日本の侵略戦争を支持している。また同じ年に晶子の夫の鉄幹も、
軍歌『爆弾三勇士』や『皇軍凱旋歌』といった軍歌を作って、
国民の戦意昂揚のためにつくしている、 と手厳 しい。  国家・戦争・家族・・・・難しい~~~ことです。                                                      

与謝野晶子

【南丹波
 こんにちは。
晶子についてのコメントありがとうございます。彼女を「反戦平和主義者」のように
美化して言うのはおかしいという説は、まったくそのとおり。
晶子は6男6女、12人の子を産み、出産直後に死んだ2人は別として残り10人を育てながら、
収入不安定な夫を養いはげまし(晶子41歳のときに夫・鉄幹が慶大教授になり小康を得たが)、
声をかけられた仕事はたいがい断らずにやりまくって一家の生計をほとんど一手に引き受けて生ききった、女豪傑ですね。 
意気に感じて身体が動いてしまい、血潮がたぎって言葉がほとばしる。
本来右も左もない、原始、女は太陽であった、というときの「女」でしょう。
 
しかし。
 「君死にたもうことなかれ」を虚心坦懐に読めば、これはひたひたと日本人の胸に「戦をしてはいかん」という気持ちを高ぶらせる、           見事な反戦の詩です。
とくに深い考えもなく「自然に」天皇を崇敬しているような人の胸をもどよもすような、
戦に乗りだす男ども、為政者たちにたいする強烈な反問です。
  
 この詩に作曲した吉田隆子は、晶子が日中戦争時期に入って戦意高揚に加担するような言説を発するようになったことを知っていたでしょう。
吉田隆子自身は、音楽・作曲活動を始めて間もなくプロレタリア文化運動にも参加し、
1933年、35年、37年、40年と繰り返し検束・拘留の目にあっています。
その40年の拘留時には「腹膜炎」で重態になってかろうじて釈放され生きながらえたのですが、
戦意高揚・戦争賛美に「何もかも」「いっしょくたに」「動員」」しちまう大政翼賛の日帝、軍国主義の怖さは骨身に沁みてわかっていたでしょう。
にもかかわらず隆子が敗戦後1949年の時点で晶子の「君死にたまうことなかれ」を取り上げたのはなぜだったか。
あの詩は、いわば、原初のときからの命の滔々たる流れの上に立って、現世の天皇の振る舞いをも糺そうとするような、気迫に満ちている。
そこに親子の情、はらからの熱愛、夫婦・恋人の恋情・希求など、
人としてどんな人間の身体の中にも血潮とともに流れている「何もかも」を「いっしょくたに」「動員」して                                  
命を守れ、生かせ、殺すな、征くな、とひたぶるに迫る力があるのじゃないか。                    
天皇がアメリカ占領軍のおかげで地位を保ち天皇制がみごとに「護持」され、日本全体が米帝の思惑に強引に引きずられて、                      
またもや大勢に押し流され戦へ戦へと向いていきかねない時勢に、あの詩をぶつけること。
それによって日本人を、かつてそのように流されていった晩年の与謝野晶子をも含めて、
諫め、心をどよもして頭を冷やさせる意図があったと思えるのです。
 つまり、ああいう詩を書いた天性の詩人・晶子でさえが戦意高揚・戦争賛美の流れになびいてしまった、
という苦い歴史をかみしめることで、あの歌「君死にたもうことなかれ」は、
いっそう痛烈な反歌としての意味合いを強く響かせる、というのがぼくの解釈ですが、どうでしょう?
 
【品川宿
全く、同感です。「評価」と「美化」は違う、「論評」と決め付けやレッテル貼りは違う・・・ということですな。
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Tさんにお答えします。A氏とは、宋友恵(ソンウヘ)著 『尹東柱(ユン・ドンジュ)評伝 空と風の詩人 』(藤原書店、560頁、¥6825)の翻訳者:A氏です。

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