Archive for 6月, 2016
「アジール 空堀」 紙芝居おじさん 鈴木常勝さん実演
昨夜(6月23日・木)、「アジール空堀」集い『街頭紙芝居の奥は深いぞ』 紙芝居実演と、お話「紙芝居の底力とその哀史」。鈴木常勝さん。参加24名。
子どもたちに夢を与え・想像力を育てもした紙芝居。かの時代に国・軍と一体化して進められた戦争への総動員は、命令・強制・戦闘参加要請でありながら、直接的には家族の絆・郷土への情愛の美談として登場する。敵や悪者の強調も姿を潜め善人ばかりの登場で充たされている。台詞と語りを全て入れ替えれば、一篇の「お涙頂戴」の「家族もの」「郷愁もの」として十分通用する出来栄えだ。 国に・国の意志に取り込むに当たって、紙芝居もまた家族や郷土や友情を拝借する道を歩む。それは明治の唱歌・童謡の道と同じだ。 「戦争はいつも美談仕立て」でやって来る。
『さるむこ』: 一人で畑仕事で忙しい百姓の父は、ある日親切な「さる」に手伝ってもらった。つい「お前さんのような働き者がうちの3人の娘の誰かの婿で来てくれりゃ有難いがのう」と言ってしまう。「さる」は「ムラ」の者ではなく、「ソト」の者だ。 が、言葉を真に受けた「さる」はそれから足繁く父の一家へ通い手伝い、姉2人の断られたものの、3人の中の一番の器量よしの末娘の婿になると申し出る。末娘は断らず受ける。 経済的安定を望んだのか、父孝行なのか、「ソト」者の報復を過剰に意識したのか・・・。 が、婚姻直後「さる」は過重労働・偽装事故で怪死する。その死をニタリと見送る末娘。何ともシュール(?)でクール(?)な結末で紙芝居は終わる。ああこわぁ~! 『チョコレートと兵隊』 お父さんはよく働き優しくて頼りになるいいいお父さん。兄と妹の模範の父だ。 その父さんが、召集でお国のために中国戦線に行きました。やがて、戦地の父さんから手紙が来る。死と背中合わせの戦地でも、忙しい中「チョコレートの包紙」をせっせと集めて送ってくれるのだ。その包紙の内側に点数が刻印されていて100点でチョコレート一枚と交換してもらえる。父さんは5点・10点・20点と戦友からも貰って千数百点にして送って来た。添書きに「何も送れるものが無いので、これを送ります。製造会社に届けてチョコレートと交換して下さい。」兄妹は大喜び。 直後、役所から通知が来る。父さんは、戦地で果てた。 紙芝居師:鈴木常勝氏は言う。「センチメンタリズム基調のファミリズム漂う、チョコレートの包紙を集めている以外の時間の、中年にはキツイ軍務の・戦闘の・殺し合いの リアリズムは、どこかに隠され、気丈な妻は今後も銃後の母を演じ兄妹は強く生きていく覚悟を語る。菓子メーカーは「お父さんの所属部隊を知りたい」慰問の品を送るから・・・と言う。戦争は善人と美談の総動員に溢れている」と。 お話と街頭紙芝居実演を終えて、二つのことを想っていた。「アジール空堀」 11月13日予告FB 道浦母都子さん講演
われらがわれに還りゆくとき
◆調べより疲れ重たく戻る真夜
怒りのごとく生理はじまる 道浦母都子
二度の結婚、離婚を経て歌人、作家として活躍する道浦は今、かたくなだった当時の自分を「『ねばならない』とか『すべし』に取りつかれていた」と振り返る。「『ほどほど』とか、『適当』も人生には必要なんですよ」。もし時をさかのぼれるなら、そう声をかけてやりたい。「でもイノシシですから。直りませんね」 (敬称略)
つぶやき駄エッセイ: ヘイトスピーチは「言論」ではない!
「ヘイトスピーチ」は「表現の自由」の範囲内か?
川崎市で6月5日に計画されていたヘイトスピーチ(差別扇動)のデモについて、福田紀彦市長は5月30日付で、デモの起点となる公園の使用を不許可にした。
一方、神奈川県警と神奈川県公安委員会は5日、道路使用を許可した。
当日、カウンター・デモがヘイト・デモを圧倒し中止に追い込んだのだが、これを「警察と一体になってヘイトスピーチデモを実力行使で中止に追い込むのは、いくらなんでもやり過ぎだ。やり過ぎだ」と論難している投稿があった。そうなのか?!
http://blog.goo.ne.jp/ra…/e/9d1cf3181fb5163dc5df5fda5365fb93
「表現の自由」を論拠に様々に語られるが、「言論の自由」と言うとき、その自由の限界範囲内に「ヘイトスピーチ」は想定されていない、というのがワシの考えだ。
「表現の自由」などの基本的人権は、唯一他の人権によってのみ規制される。ヘイトスピーチは「他の人権」の否定によって発せられるからして、基本的人権を成立させる要件を充たしていない。
それは「表現の自由」の外に在る。
ほろ酔い交遊録: 労働組合・・・見果てぬ夢
「アジール空堀」 2016年6月5日 『詩人:金時鐘に出会う午後』
会場「ビストロ ギャロ」古民家は、築95年だ。つまり「戦災」に遭っていない。空堀の一角は空襲を免れたのだ。戦前と繋がる時空、都市部の裏路地のその空間で聞く1945年・・・。
アメリカはもう日本に反撃はもちろん国家維持の余力もないと・降伏前夜だと、そう知りながら、壮大な実験=市街地への原爆投下を強行した、二度までも。オバマはヒロシマ演説で「空から死が降ってきて、世界は変わった」と誰が投下したかという主語を欠いた言葉を発し、原爆をまるで自然現象のように表現して、ことの重大性・原爆被害への当事者性をひた隠しにした。
一方、日本と日本人はどうか? 原爆という事態を前に一挙に被害者へと横滑り、自国の戦死者300万人強、アジア各地の死者2000万人強、加えて膨大な負傷者・罹災者への責任を忘却した、自国の指導層を民自らの責任で指弾することも(うちの国もそれに近いが)・・・。
オバマ演説は多くのことを教えてくれる。






